駐日ネパール大使の講演を聞いて

植木 竜司

2009年4月18日,日本橋公会堂で行われた「=フォーラム= 王政から連邦民主共和国へ  ネパールの現在と未来への展望」というプログラムに行ってきました。このプログラムの主催者は「21世紀国際交流会 (IEA21)」で,IGCPの木村英亮元副理事長が代表理事を務められている団体です。木村さんは,当日の司会・進行をされていました。

大使の講演の前に,麻布大学獣医学部教授で,ネパール国立トリブヴァン大学の客員教授でもある小林好作さんより「私のネパール定点観測: 人々の仕事と暮らし」と題された講演がありました。この講演では,小林さんご自身が撮影された写真のスライド上映を中心に,ネパールの特に農村の人々の暮らし,農業,自然環境の説明がされました。

その後,ネパール特命全権大使 ガネシュ・ヨンザン・タマン (Ganesh Yonjan Tamang) さんの講演となりました。

私は大使と昨年一度食事をご一緒させていただいたことがあり,お会いするのは今回が二度目でした。大使は1959年生まれの50歳で,英国レディン大学大学院で地方社会開発を研究され,2000年には米国リンカーン大学より「社会開発および先住民知識システム」で博士号を授与されており,ネパールでは社会運動家として著名な方です。

大使は,第一にネパールは国名が「王国」から「連邦民主共和国」となったが「連邦」とは何かまだ不明確であり一番の論点となっていること,第二に異なるカースト/民族が存在するネパールでいかにそれらが調和をはかっていくかが一番の課題であること,この2つの問題意識を挙げられ,二部構成で講演をされました。

一部目は “State Restructuring: Indigenous Nationalities/Caste Group Population Composition” と題された,ネパールの民族/カースト的,文化的,言語的多様性についての講演でした。そこではネパールの統計調査をもとに,ネパールに100以上の民族,90以上の言語,13の文字が存在することが述べられ,地理的分布も説明されました。

二部目は “From Unitary and Centralized State to Federal Democratic Republic of Nepal -Present and future prospect-” と題された昨年起きた国家体制の転換と,現在のネパールの課題についての講演でした。一部に続きネパールの概要の説明の後,「政治的発展と現在のシナリオ」「国際関係」「新国家建設の努力」「開発の戦略と優先順位」「国際社会の役割」「まとめ」という順で説明がされました。

「政治的発展と現在のシナリオ」では,ネパールは「人民戦争 (People’s war)」で政治的に多くのことを得たが,払った犠牲(犠牲者約13,000人,行方不明者約21,000人,インフラ破壊,肉体的・精神的被害,軍事化など)も多かったことが述べられました。そして人民戦争の原因として,政府からの排除,社会的・経済的格差,所得・仕事の欠如,保守・革新の二極化を挙げられました。

「新国家建設の努力」では,ピース・プロセス下での団結の重要性,特に政党間協力を大使の考えでは少なくとも10年は続ける必要があること,政府軍(旧国王軍)とマオイストの人民解放軍の統合問題解決,連邦制度の確立,法秩序の強化・新憲法の起草と公布,資源活用と経済開発に焦点を当てる必要性,等について言及がありました。

「開発の戦略と優先順位」では,特にインフラ=交通網(道路・空路・鉄道)の開発に力を入れるべきであり,それらが産業開発のキーファクターとなり,外国直接投資を促進することになると述べられていました。

「国際社会の役割」では,ピース・プロセスのサポート,水力発電・インフラの開発促進,民主化促進の支援,個人の自由と公正実現のサポートが国際社会に期待されるとのお話でした。

印象に残ったのは「マオイストによる内戦でネパールはほぼ “failed state “になった」との言及,近年ネパールに政治的影響を及ぼしている国家・地域として「インド,米国,中国,EU」として米国が二番目に挙げられていたこと,国家開発戦略として「土地改革」が挙げられていたこと,そして水力発電のポテンシャルを非常に強調されていたことです。

大使の講演はネパールの複雑な情勢が非常に簡潔に説明されており,ネパールの政治について詳しく知らない聴講者にも非常にわかりやすいものになっていたと思います。

ネパールでは1990年頃から経済の自由化が進められ,それに伴って経済格差が顕著になり,貿易依存率60%前後が隣国インド一国に集中するようになりました。そんな中1996年より共産主義(毛沢東主義)の革命運動が起こり,昨年王制が打倒され,選挙によって共産党マオイストを中心とした制憲議会政府が発足しました。金融危機が世界中に大きな影を落としている中で,この政変はもっと注目されていいのではないかと考えております。その意味では,共産主義政党が第一党となった意義,マオイストが政権に就いたことによる「ネパール-中国」関係への影響などについて,もっと突っ込んだ話が聞きたかったと感じました。