エッセイ 50 カントと現代

木村 英亮

「百聞一見に如かず」ということわざがある。いまのような国際化、グローバリゼーションの時代に、広く世界を知らなければならないことは当然である。違った世界を見ることによって固定観念が壊され、視野が広くなることもあり、また現地でなければ確かめられないこともある。しかしもちろん、世界中を飛び歩いていればいいというわけではない。

東プロイセンの首都ケーニスベルク(現在ソ連の西の飛び地カリーニングラード)生まれのイマヌエル・カントは、生涯狭いこの町から一歩も出ずに思索を重ね、200年以上を経た今日にも生きる哲学を作り上げた。

かれは晩年の1795年に『永遠平和のために』を執筆し、その第1章で常備軍の全廃を主張した。その理由の一つは、かれの倫理学に基づくと自他の人格はつねに目的それ自体として扱うべきであるのに、軍隊は人間を手段として利用するものであるからである。私は2002年に国際関係論のテキスト(『21世紀の日本と世界―国際関係論入門』、山川出版社)を出版したとき、序章にこのことを書いた。

かれはまた1784年の「啓蒙とは何か」冒頭で、「『自分自身の悟性を使用する勇気をもて』これがすなわち啓蒙の標語である」(篠田英雄訳、岩波文庫、7ページ)と述べた。

また、1793年の「理論と実践」では、両者が一致することを論じている。国際関係論の分野でも、最近「理論と現実との二分化の克服」が課題とされていることを読んだ(星野昭吉『世界政治の理論と現実』亜細亜大学購買部、2006)。

すなわち、カントの主張は今日においても新しく、しかも実践的である。

情報化の時代、あらためて思索の重要性を感じる。