キューバを訪ねて(2)「革命いまだ終わらず」

中西 治

2008年2月27日(水)にハバナのアジア・オセアニア研究センター(Centro de Estudios sobre Asia y Oceania = CEAO)を訪れました。いよいよ今回の訪問団のキューバでの学術交流の本格的な始まりです。このセンターへの訪問はコシーオ(Jose Fernandez de Cossio)駐日キュー バ大使の特別の計らいで実現しました。

CEAOは1985年11月に設立され、日本、オーストラリア、東南アジア、中央アジア、インドシナ、中華人民共和国、南太平洋、朝鮮半島、インド・南アジアなどの研究部門を有しています。センターの建物は大変瀟洒でした。元ラオス駐在大使のヒメネス(Lic. Maria Aida Nogales Jimenez)副センター長が私たちを玄関であたたかく迎えて下さいました。ヒメネスさんは品のある洗練された女性です。

二階でおこなわれた会談で元インド大使のイバニェス(Lic.Juan Carretero Ibanez)センター長が最近の危険な国際情勢を指摘し、パレスチナとイスラエルの紛争、米軍のアジアでの軍事的・政治的プレゼンスの増大、コソボの独立、日本のミサイル防衛計画への参画などを挙げられました。また、キューバにある米軍のグアンタナモ基地については、紛争を防止するために米軍基地のまわりにキューバ軍を配備して囲い、条件ができるまで、米国との戦争を挑発しないように、50年間忍耐づよく対処してきたと述べられました。

イバ二ェスさんの対米認識はきわめて厳しいです。新しい大統領に誰がなっても、米国の対キューバ政策は変わらないだろう、米国の政治はロビーによって操られており、米国では亡命キューバ人が強力なロビー活動を展開し、米国政府に反カストロ・反キューバ革命政策を遂行させているからだ、ということでした。革命後50年近く米国のキューバに対する経済封鎖・孤立化政策と闘ってきた革命世代としては当然の考え方かも知れません。この席にはセンターから日本、朝鮮などの研究者も参加され、日本の政治情勢や朝鮮の核実験問題なども論議されました。

私たちの研究所とCEAOとの今後の交流については帰国後、コシーオ大使と話し合って具体化することにしました。

会談が終わったあと、一階でお茶とお菓子が出され、うち解けた懇談がおこなわれました。ヒメネスさんは、この建物のかつての所有者が毎年、亡命先の米国からキューバに来られ、このセンターの前を行ったり来たりされる、私たちはその方をセンターに入れ、室内を見ていただく、私たちは前の所有者の感情を考え、できるかぎり昔のままの状態を維持するように努力している、その方はそれを見て、安心して帰って行かれる、と語られました。

国内旅行をしたあと泊まったハバナのホテル、ハバナ・リブレも、元はハバナ・ヒルトンです。フィデル・カストロが1959年の革命のときにこのホテルの最上階で革命の指揮を執りました。その後、キューバ政府によって接収され、建て替えられました。革命によって接収された外国人の財産、外国に逃れたキューバ人の財産は数知れずあります。これを返すとなると、与える影響は大です。フィデル・カストロやラウル・カストロのような革命世代は、これを絶対に許さないでしょう。それは彼らのこれまでの人生を否定するものです。

革命はまだ続いている、問題の解決は次の世代だ、と感じました。いずれ時が解決するでしょう。

ヒメネスさんは私にロシア語で別れの挨拶をされました。私も。「ダスビダーニヤ(また会う日まで)」。

(続く)