第12回KOSMOSフォーラムに参加して

のぶおパレットつじむら

8月25日、財団法人・国際花と緑の博覧会記念協会主催の第12回KOSMOSフォーラム「21世紀の新しい宇宙観を探る〜地球の起源、進化と未来を問う〜」(於・ベルサール神田)に参加しました。

国際花と緑の博覧会記念協会は、「自然と人間の共生」をテーマに、1990年4月1日から9月30日まで大阪・鶴見緑地で行われた「国際花と緑の博覧会」(略称「花の万博 EXPO’90」)の基本理念を発展・継承するものです。基本理念にはこうあります。「人類の宇宙飛行は、地球が唯一の青い惑星であることを教えた。高度の生命科学は、逆に一層、生命の奥深い神秘に気づかせた。20世紀の産業文明の発展は、今あらためて、あの花と緑に象徴された、自然の生命の偉大さを再認識させている。緑こそは、無機物を有機物に変え、生命を根源から生む力である。花はこの隠れた力の優美な表現であり、生命そのものの讃歌である。これを愛し敬うことは、自然と生命を共有する人間の心の本能であり、人間相互の尊重、世界平和への願望のもっとも素朴な基礎だといえる。」(同協会ホームページより)

KOSMOSフォーラムは、「わが国の第一線の科学者の英知を集め、宇宙の新しい全体像を包括的に考察し、その中で人類の果すことができる役割を探ろう」というもので、その特色は「自然科学者、人文・社会の科学者がそれぞれの学問領域を越えて、俯瞰的、統合的に考え、論じ合い学術交流するところにあります」。(同フォーラム・ホームページより)

今回のフォーラムに登壇したのは以下の諸氏です。

コーディネーター
池内了(天体物理学、総合研究大学院大学教授)
パネリスト
内井惣七(論理学、科学の哲学、倫理学、京都大学名誉教授)
海部宣男(電波天文学、赤外線天文学、放送大学教授、国立天文台名誉教授、前国立天文台長)
佐藤勝彦(宇宙論、宇宙物理学、東京大学大学院理学系研究科教授)
竹宮惠子(漫画家、京都精華大学マンガ学部マンガ学科教授)

はじめにコーディネーターの池内氏からプレゼンテーションがあり、現在は宇宙が始まって130億年、地球が始まって46億年、ホモサピエンスが誕生して20万年、宇宙のことをアリストテレスが論じ始めて2500年、ビッグバン理論が出て60年の節目であることが指摘されました。

内井氏からは「地球を可能にした条件――ニュートンたちの思索」と題し、ニュートンがかつては地上とかけ離れていると考えられていた天文学と地上の力学とを、万有引力の法則で結びつけたこと。またそれをライプニッツ、アインシュタインなどが批判・発展させたことが紹介されました。

海部氏は「宇宙のなかの地球」と題し、われわれの住む太陽系と地球はどれほどの普遍性をもっているのかを問いました。地球の元になる岩石は宇宙の中にいくらでもあること。宇宙の中には氷がくさるほどあり、それに比して地球はむしろ水が少なく、ちょうどいいくらいに水を失った惑星であること。有機物の根幹である炭素も、宇宙にはくさるほどあること。したがって地球は珍しいものではなく、宇宙には地球の材料どころか生命の材料があふれていることが指摘されました。この宇宙でわれわれの住む太陽系・地球が形成される確率は0.01%です。われわれの属する天の川銀河には、推定で1000億個の惑星があることを考えると、生命が存在しうる惑星はわれわれの銀河だけでも1000万個あることになります。

佐藤氏は、誕生まもない小宇宙がインフレーション(急激な膨張)により一瞬で巨大な宇宙になるとする「インフレーション宇宙論」の提唱者の一人です。同氏は、現代物理学が誕生から100年で宇宙のおおよその進化像を描き出したこと。人間は宇宙の中ではかない存在であるけれども、「宇宙誌」の中で自らの位置を知った素晴らしい存在であること。人間は宇宙の中でちっぽけな存在というのは、絶対神をもつキリスト教的な考えであることを指摘しました。さらに、現代は環境問題というよりグローバリゼーションと過剰流動性による人間社会の不安定化が問題で、同氏の友人マーティン・リースは、いまや個人が地球社会を滅ぼしうる時代になったと言っていること(マーティン・リース著、堀千恵子訳『今世紀で人類は終わる?』草思社、2007年)。人間の心は出アフリカの頃から進化しておらず、21世紀は人類が自滅の道を歩むか、宇宙生命として飛躍するかの分岐点であること。宇宙人と出会わないのは、知的生命体は滅ぶからという話があるとの指摘も興味深いものでした。

最後のパネル・ディスカッションも知的刺激に満ちたものでした。以下、要点を採録します。

池内 むしろ宇宙物理学をやっている方のほうが、環境問題の重要性を指摘された。宇宙という確固たるものを研究していればこそ、地球のもろさが見えるのかもしれない。地球、人間は宇宙の普遍性とゆらぎのはざまにあるととらえてらっしゃるのかもしれない。人類には1/40の法則というのがある。40万年前にジャワ原人が火、つまりエネルギーを発見した。その1/40、1万年前には農業革命があり、文明が生まれた。その1/40、250年前には産業革命が起き、そのまた1/40の6年前から現在にかけて情報革命が進行している。

内井 アリストテレス、カント、ヘーゲルなどの文献を読んで倫理を考えるのではなく、もっと大きなスケールの中で、宇宙と地球の生態系の進化の中に、現代科学の知見の中に、倫理を位置づけて考える必要がある。私としては時間・空間の創成から論じたい。その際、進化論は絶対ぬかすことができない。

佐藤 アインシュタインが宇宙論を建設する際、こう言った。私が一番知りたいのは神がどのような原理によって宇宙をつくられたか。また神が宇宙をつくった時、選択の余地があったか知りたいと。もちろんアインシュタインは無神論者。しかし、宇宙物理学者はしばしば神という言葉を使う。その際の神とは宇宙を動かしている力という意味。物理学者にとっては、宇宙の物理法則が神だ。

海部 なんで宇宙物理学者が神とよく言うか。それは西洋の人だから。Christianity(キリスト教)の世界だから。そこでの神は象徴的な意味でしかない。進化というのは非常に大事。われわれは進化の結果、ここにいるのだから。われわれは進化を超えていると思う。進化は倍々ゲームで進む。これは生物の基本的特性。問題なのは、人類文明はそれに輪をかけて倍々ゲームであること。それを止められるのか。そう考えると悲観的になる。一方でわれわれはそれを知っている。ホモサピエンス、知る動物だから。地球は人間なんか必要としていない。人間が滅んでも地球は存在する。だから「地球にやさしい」なんて乙女チックな言葉を使うべきではない。しかし、人間は自分の特質、知るという特質を有効に使うべきだ。

竹宮 想像力が新しい理論を生む。

佐藤 イマジネーションというのは経験の中で積まれた「暗黙知」だ。

海部 人間が知るというのは、将来を知ることでもある。人間はどこから始まったかといえば、人間が死ぬと知った時とも言える。知るということとイマジネーションは表裏一体。今大事なのは、知識を最大限に広げて、イマジネーションを最大限に広げることだ。

人類史を宇宙史の中で位置づけること、またそれを行うための総合的な学問が希求されています。そこでは生態系の調和もふくめた平和が論じられる必要があるでしょう。人間社会のことを人間社会によってのみ論じる時代ではなくなりつつあります。今回のフォーラムで、ますますその感を強くしました。