藤原正彦『国家の品格』について

中西 治

国家の品格 (新潮新書)藤原正彦さんの『国家の品格』(IBCパブリッシング株式会社、2007年6月11日)を読みました。面白い本です。一読に値します。著者は新田次郎さんと藤原ていさんの作家夫妻の次男で、1943年生まれ、数学者で、お茶の水女子大学理学部教授です。

この本は第一章「近代的合理精神の限界」、第二章「「論理」だけでは世界が破綻します」、第三章「自由、平等、民主主義を疑う」、第四章「「情緒」と「形」の国、日本」、第五章「「武士道」の復活を」、第六章「なぜ「情緒と形」が大事なのか」、第七章「国家の品格」から成っています。藤原さんによると、先進国はすべて荒廃しています。核兵器の拡散、環境破壊、犯罪、家庭崩壊、教育崩壊などは西欧的な論理と近代的合理精神の産物 であり、論理と合理の破綻の結果です。なぜそうなのか。それは人間の論理や理性に限界があり、人間は論理と合理だけではやっていけないからです。藤原さんは欧米人の論理の出発点となった自由、平等、民主主義に疑問を投げかけます。藤原さんは「国民は永遠に成熟しない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。」と危惧しています。そこで必要なのが真のエリートです。大局観や総合判断力を持ち、「いざ」となれば国家、国民のために喜んで命を捨てる気概のある人です。いまの日本にはこのようなエリートはいないが、かつてはいた、旧制中学や旧制高校はこのようなエリートの養成機関であったと言います。

藤原さんは日本人が古来から持つ「情緒」、あるいは伝統に由来する「形」を重視します。論理とか合理を「剛」とすると、情緒とか形は「柔」であり、硬い構造と柔らかい構造を相携えて、はじめて人間の総合判断力は十全なものとなると考えています。この情緒を育む精神の形として「武士道精神」の復活を求めます。情緒と形が大事なのは、それが普遍的価値であり、文化と学問を創造し、真の国際人を育て、人間のスケールを大きくし、人間中心主義を抑制し、戦争をなくす手段になるからです。

藤原さんは最後に品格ある国家の指標として次の四つを挙げています。第一は独立不羈です。第二は高い道徳です。第三は美しい田園です。第四は天才の輩出です。そして「日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。」と述べ、「時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです。」と結んでいます。

私はこの本を読む前、「武士道」とか「国家の品格」とかという昔きいたような言葉を使っている「胡散臭い本」だなと思っていました。読んでみると、共感するところが多々あります。

私もこの世の中は論理と合理だけでは割り切れないと思っています。一人の人間のなかに論理的・合理的に生きたいという思いと実際にはきわめて非論理的・不合理に行動するという二つの面が存在するからです。しかも、後者が人生の重要な問題を決めるときに大きな役割を果たすのです。結婚はその最たるものです。好きだから好きなのです。だから結婚するのです。理屈ではなく情です。

私は民主主義も一つの支配の体制だと思っています。天皇を中心とする一握りのエリートがおこなう天皇主権の専制政治よりも民衆の多数がおこなう国民主権の民主政治の方が良いと考えています。比較の問題です。国民が常に正しい判断をするとは思っていませんが、国民は永遠に成熟しないとも考えていません。人間は過ちを犯す動物ですが、過ちを繰り返さないように努力する動物でもあるのです。

私は1931(昭和6)年9月の満州事変の翌年、1932(昭和7)年12月に大阪で生まれ、1941(昭和16)年12月8日の日米戦争の開始を大阪の国民学校3年生で迎え、1945年8月15日の終戦の玉音放送を疎開先の奈良県で中学1年生として聞きました。日本が戦争へ、戦争へと向かうなか 戦争で大君の醜の御盾(おおぎみのしこのみたて=天皇陛下を守る強い盾)として死ぬために大和魂と武士道で教育されました。藤原さんよりも一世代上で、天皇の支配と戦争を垣間見たものとして藤原さんの武士道論にそう簡単に賛成するわけにはいかないのです。

当時の日本の支配者は世界的な経済恐慌からの出口を対外膨張に求めました。第一高等学校や東京帝国大学などを卒業したエリートの多くがこの対外侵 略戦争の遂行で指導的な役割を果たし、日本を滅ぼしました。日本の民衆の多くもそれを支持しました。戦争に反対したのはごく一部の人でした。日本の民衆の多くはいまこれを反省しています。

2003年3月19日に米国のブッシュ息子政権がイラクへの戦争を開始したとき、米国にはこれに賛成する人も多数いましたが、反対する人も多数いました。2003年12月9日に小泉内閣がイラクへの自衛隊の派遣を決定したとき、日本にもこれに賛成する人と反対する人がいました。米国でも日本でも反対する人々が増えています。

人間は実践のなかで学びます。

私は人間は平等に生まれるとは考えていません。きわめて多様にこの世に生まれ出ます。自由も相対的です。

地球上の人間はもともとすべてアフリカ大陸に端を発し、地球上の各地に散らばったものです。人類はみな同じであり、兄弟です。喜怒哀楽、考えることは同じです。違いは食べ物と言葉です。日本人は北から南から西から渡来した人々が混血して出来上がったものです。私は日本とか日本人を特別視していません。私がこの人たちの作り出した文化のなかでとくに注目しているのは言語です。言語学的にはさまざまな説がありますが、私は日本語はインド・ヨーロッパ語族と並ぶウラル・アルタイ語族の一つで、朝鮮語やモンゴル語ともっとも近い関係にあると考えています。

私は人間を生物学的な人種で分けないで、言語で分けています。私は日本語人です。多くの言語ができる人は多国語人です。日本語人は日本語をはじめ 多くの文化を作り出しました。日本語人の文化は数千年の歴史があります。藤原さんはこのうちの鎌倉幕府以降の武士道精神を重視していますが、それは日本語人文化の一部であり、せいぜい数百年の歴史しかありません。武士道精神にかえて、日本語人文化とすれば、藤原さんが誇る万葉集、古今集、枕草子、源氏物語なども入るでしょう。

日本語と英語についての藤原さんの考えに私は全面的に賛成です。日本語にしろ、英語にしろ、その他の言葉にしろ、問題はしゃべる内容です。

どうも真面目にこの本について語りすぎたようです。藤原さんからユーモアを解しない野暮な人間だとお叱りを受けそうです。

人生を楽しみましょう!