久間発言に寄せて(続)

中西 治

第一は、原子爆弾をはじめとする核兵器を作って良いのか、使って良いのかです。

オランダのハーグで1899年7月29日に「毒ガスの禁止に関する宣言」が署名されました。また、同じくハーグで1907年10月18日に「陸戦の法規慣例に関する条約」が署名されています。

この条約は「交戦者は、害敵手段の選択につき、無制限の権利を有するものに非ず」と規定し、毒ガスの他、「不必要の苦痛を与うべき兵器、投射物その他の物質を使用すること」を禁じています。毒ガスの使用が禁止されているのですから、核兵器の使用も当然、国際法上、禁止されていると考えて良いでしょう。

使用は禁止されていますが、製造は禁止されていません。それは、これらの宣言や条約に参加していない国が、戦争相手国になった場合、相手国が使えば、それに対抗しなければならないからです。宣言は、毒ガス不使用の「義務は、締盟国間の戦闘において、一の非締盟国が交戦国の一方に加わりたるときより消滅するものとす」と述べています。つまり、この宣言に署名していない国が交戦国の一つである場合、毒ガスを使用しても良いのです。

米国は陸戦条約を採択した第二回ハーグ万国平和会議の呼びかけ国であり、ドイツはこの条約の主導国です。日本はこの二つの文書に署名し、批准しています。広島と長崎に原爆が投下されたとき、ヒトラー・ドイツはすでに降伏しており、日米間だけについて言うと、米国はこの条約に違反しています。しかし、日本はそのことを声高に言えないのです。日本は国際条約破りの常習犯だったからです。

上記の陸戦条約と同時に調印された「開戦に関する条約」は、「締約国は、理由を付したる開戦宣言の形式または条件付き開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する明瞭かつ事前の通告なくして、その相互間に、戦争を開始すべからざることを承認す」と規定しています。しかし、1931年の「満州事変」も、1937年の「支那事変」も、宣戦布告をしないで、日本は中国に対する戦争を開始し、1941年には不意打ちでパールハーバー(真珠湾)を攻撃しています。米国に対する宣戦布告はその後でした。明らかな開戦条約違反です。

第二は、日本は中国に対する一連の軍事行動を「戦争」と呼ばず、「事変」と称しながら、軍事行動を拡大していきました。日本は戦時国際法が義務づけたルールを無視し、道義のない戦争をアジア太平洋に広げていきました。

陸戦条約の一部である「陸戦の法規慣例に関する規則」は、戦争法規の定める権利義務の主体となる「交戦者」として、正規「軍」の他に、「民兵と義勇軍」、敵の接近にあたり自ら兵器を操る「群民兵」などの不正規軍を認めています。いずれの場合も公然と兵器を携帯し、戦争の法規慣例を順守する必要があり、「民兵と義勇軍」に対しては、「遠方より認識し得べき固著の特殊徽章を有すること」を義務づけています。

正式な戦闘行為は、はっきりと識別できる、ある国の交戦者が公然と武器を持って、これまた、はっきりと識別できる他の国の、公然と武器を持った交戦者に対しておこなう戦闘行為です。その場合でも「兵器を捨て、または、自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」は禁じられています。

戦時下にあっても、兵器をもたない民間人は、戦闘行為とは無関係であって、何人も殺してはならないし、殺されないのです。また、「防守せざる都市、村落、住宅、または建物は、いかなる手段によるも、これを攻撃または砲撃することを得ず」です。砲撃する場合には、「攻撃軍隊の指揮官は、強襲の場合を除くほか、砲撃を始むるに先立ち、その旨、官憲に通告するため、施し得べき一切の手段を尽くすべきものとす」でした。「都市、その他の地域は、突撃をもって攻取したる場合といえども、これを略奪に委することを得ず」なのです。

これが20世紀初めの戦争のルールでした。

1914年に始まり、総力戦となった第一次大戦は戦争の規模と性格を変え始めました。1917年11月7日のロシアにおけるソヴェト革命とそれに続く内戦と外国の軍事干渉、1931年の「満州事変」以後の日本の中国に対する戦争、1934年のドイツにおけるヒトラーの政権獲得と1935年の再軍備、1936年のラインランド進駐、1935-36年のイタリアのエチオピアに対する戦争、1936年のスペインにおける人民戦線内閣の発足と内戦、1938年のドイツのオーストリア併合とチェコのズデーデン地方併合、1939年のドイツのポーランド進攻、1941年のドイツの対ソヴェト戦争の開始と日本の米国と英国に対する戦争の開始など戦争に継ぐ戦争が続きました。交戦者と民間人の区別が難しくなり、無差別の大量虐殺が横行しました。

戦争は人間を狂わせ、畜生にします。その行き着いた先が、広島と長崎でした。人が人を殺す戦争を絶対に始めてはならないのです。

第三は、核兵器は使える兵器か、使えない兵器かです。

すべての兵器は使うために作られます。核兵器もその例外ではありません。広島と長崎以降に核兵器が使われていないのは、日本人を含めて、世界の多くの人々が核兵器の使用に反対してきたからです。使える兵器を使わせなかったのです。

核兵器が存在する限り、核戦争の脅威は無くなりません。核戦争を無くすためには核兵器を無くさなければなりません。

あらゆる兵器のない、あらゆる戦争のない平和な世界をめざして、ともに努力しましょう。