阜新に滞在して

植木 竜司

昨年10月5日より約5ヶ月間、中華人民共和国遼寧省阜新市に滞在する機会を得ました。阜新蒙古族自治県(以下、阜蒙県)に昨年設立された「中西治外語研究中心(以下、センター)」の日本語教育コース設立準備のお手伝いが目的だったのですが、センターの枠を越えて阜新市、阜蒙県の様々な方面の方々と友好を広げることができました。

阜新市は中国東北の遼寧省の北西部に位置する総面積10355平方キロメートル、総人口約193万人の都市です。阜新市は5つの区、2つの県、国家クラスのハイテク農業パーク、省クラスの経済技術開発区を管轄しています。阜蒙県は阜新市内にある2つの県の中の一つです(中国では「市」の下に「県」がある)。阜新市は市下に農業社会と工業社会が混在しています。総人口193万人のうち、都市人口は約78万人、農村人口は約114万8千人です。中心産業は炭鉱業、火力発電で、かつて中国で第一の露天炭坑であった海州露天炭坑、アジアで第一の火力発電所であった阜新発電所があります。

私は昨年10月にここ阜新での生活を開始し、センターを通じて高校・中学の日本語の先生である戴英鋒さん、白長虹さんや遼寧工程技術大学で日本語を学ぶ学生さんたちと交流を持つとともに、阜新蒙古族自治県蒙古高校の日本語の授業に参加したり、蒙古族実験中学や東梁中学の先生方と交流をするなどの機会を得ました。

農村での滞在も経験することができました。阜蒙県下のいくつかの村へ行ったのですが、その中でも招束沟郷は大変印象に残っています。センターを通じて知り合いになった遼寧工程技術大学1年生の韓向才さんのお招きで、今年2月に韓さんの御実家のあるこの村に1泊2日滞在したのですが、韓さんの御両親をはじめとする村の人びとに歓迎してもらい交流を持つことができました。

センターは阜蒙県にありますが、私はずっと阜新市市街(区)に住んでいました。その中で11月末ごろから、阜新市在住の日本語が話せる人が集まって勉強会を行っている「日本語コーナー」に参加をしてきました。この「日本語コーナー」は阜新市民政局副局長の趙作奎さんや阜新市天縁飲品有限会社社長の劉剛さんを中心に、留学生・研修生として日本滞在経験がある人や個人的に日本や日本語に興味を持ち勉強を続けている人など約20人のメンバーが参加し、毎週土曜日に集まって日本文化や日本語についてすべて日本語で勉強するという会です。このメンバーの方々は日本語ができることもあり、個人的に特に親しくお付き合いさせていただきました。彼らは近い将来、この日本語コーナーを「中日ビジネス協会(仮称)」として公式に発足させ、阜新と日本の間の人材交流・経済交流・文化交流や阜新市内における日本語教育の普及などを行う機関にする構想を持っており、すでに協会設立に向けて動き出しております。

阜新は確かに中国の中では「田舎」といわれる都市の一つかもしれません。上海や北京はもちろん瀋陽と比べても阜新は「小さな」都市です。しかし私は阜蒙県の農村を見たときでさえ「貧しい」という印象を持ちませんでした。それは、私が後発発展途上国であるネパールの農村を見た経験があったからだと思います。阜新にも貧しい人、生活が苦しい人がいるわけですが、それでも多くの人びとの「衣食住」は満たされており、ほとんどの子どもたちが小学校・中学校の教育を受けられています。このような地域が発展していくことはさほど難しくはないであろうと感じました。

私は阜新に足りないものの一つとして「国際性」があげられると思います。しかし特に中日友好を願い中日交流を促進しようとしている人、中学・高校で日本語を勉強したことがある人はたくさんいます。私はセンターや日本語コーナーがこれから阜新市の中日交流を進め、そのことが阜新と日本の間だけではなく、阜新市の国際化自体を促進するのではないかと考えています。センター・日本語コーナーに関わった一日本人としてこれからも、阜新で出会った一人ひとりとの友情を大切にしながら、私の立場で阜新と日本の交流を促進していきたいと考えています。