エッセイ 52 羽仁五郎と坂口安吾の天皇制論

木村 英亮

雅子妃の病気が機縁となって、天皇制についていろいろ議論がおこなわれている。その根本には、天皇制と民主主義との矛盾がある。これは憲法のはらむ大きな矛盾である。具体的には、皇族の仕事や人権、天皇の跡継ぎの問題があるが、根本に矛盾があるので、すっきりした答は期待できない。無理をしなければ自然消滅であるが、国民にとっても天皇家にとっても、それが一番いいのではなかろうか。

敗戦直後1946年の2つの明快な見解を紹介しよう。

羽仁五郎は次のように書いた。

「日本において、天皇制が連綿としてつづいて来たことの現実の意味は、日本においては、今日に至るまで、いまだ一度も真実の徹底的な革命がなかった、ということにほかならないのである」(斉藤孝編集・解説『羽仁五郎歴史論抄』筑摩書房、1986,222ページ)。「天皇制をなくするときは日本に社会の安定の中心がなくなってしまうのではないかというような宣伝は、日本における新たなる民主主義革命の徹底に反対しようとするものにすぎず、日本人の自治能力に対する重大なる侮辱である」(229ページ)。

同じ年に坂口安吾は、「続堕落論」で、「天皇制だの、武士道だの、耐乏の精神だの、五十銭を三十銭にねぎる美徳だの、かかるもろもろのニセの着物をはぎとり、裸となり、ともかく人間となって出発し直す必要がある」(『堕落論』角川文庫、1957,105ページ)と主張し、天皇制について、次のように書く。

「藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何がゆえに彼ら自身が最高の主権を握らなかったか。それは彼らがみずから主権を握るよりも、天皇制が都合がよかったからで、彼らは自分自身が天下に号令するよりも、天皇に号令させ、自分がまずまっさきにその号令に服従してみせることによって号令がさらによく行きわたることを心得ていた」(102ページ)。

「たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ、嘘をつけ、嘘をつけ」(104ページ)。