英知の栄冠200

宮川 真一

創価大学創立者の池田大作SGI会長の教育・平和・文化への貢献を讃え、本年10月7日、世界の大学・学術機関から「200番目」の名誉学術称号が授与された。これは、中国最高峰の師範大学である「北京師範大学」の名誉教授称号である。謝辞に立った池田会長は、次のように真情を吐露した。「この栄誉を謹んで報告申し上げたい、3人の方がおります。そのお一人は、中国の周恩来総理であります。もうお一人は、旧ソ連のコスイギン首相であります。そしてさらにお一人は、英国のトインビー博士なのであります。」ここでは、これら3人の人物を中心に「英知の栄冠200」を振り返りたいと思う。

20世紀を代表する大歴史学者トインビー博士との出会いこそ、池田会長にとって、世界の知性との対話の原点であった。トインビー博士から、“人類の直面する諸問題を語り合い、未来の平和を一緒に展望したい”と招へいされ、1972年に対談が開始されるのである。2年越し40時間に及ぶ対話を収めた対談集は、世界26言語で発刊。その後、この対談集を出発点として、いまでは世界一流の識者との対談集は42件を数える。

旧ソ連のコスイギン首相との最初の出会いは1974年の秋、クレムリンの執務室であった。首相は池田会長に「あなたの根本的なイデオロギーは何ですか」と尋ねる。池田会長は即座に「仏法を基調とした平和主義であります。文化主義であります。教育主義であります。そして、その根底は人間主義であります」と回答する。この時池田会長は、信念の大教育者・牧口常三郎初代会長を源流とする、「平和」「文化」「教育」という創価の根本の路線を世界に宣言した。首相は深くうなずきながら「この原則を高く評価します。この思想を私たちソ連も実現すべきです」と賛同している。1975年、池田会長は第1号となる名誉博士号をモスクワ大学から授与された。同大学のこれまでの名誉称号授賞者には、ゲーテ、シラー、ダーウィンなど人類史に輝く巨人が名を連ねる。その後、池田会長は名誉教授の称号も授与されている。モスクワ大学のサドーヴニチィ総長はこう述べる。「純粋に個人で為した功績に対し、わが大学の2つの称号を受けられた方は、池田博士が初めてであり、現在のところ唯一の方であります。モスクワ大学『名誉教授』の称号は、博士の行動と教育活動を顕彰するには、ささやかなものかもしれません。しかし、モスクワ大学にとっては特別な意味をもっております。特筆すべき出来事として、大学の歴史に残ることは間違いありません。」

池田会長が周恩来総理と会見したのは、1974年の冬、寒い北京の夜であった。周総理は、若き日の日本留学の思い出も淡々と語った。その心をしのびつつ、池田会長は会見の翌年、日本の大学として最初に、新中国からの留学生6人を創価大学に迎えた。そして、周総理が大変好きであった桜を大学に植樹し、「周桜」と命名している。今月の3日、創立者の名誉学術称号200の受賞を記念するシンポジウムが創価大学で開かれた。その席上、中国・湖南師範大学の朱新建客員教授は、次のように語っている。「世界から池田先生に贈られた200の名誉学術称号―そのうち、中国からの受章は70を超えています。先生の中日友好への一貫した無私のご貢献、その偉大な人格に対する最高の評価です。中国では、1968年の中日国交正常化提言、74年の周恩来総理との会見など、池田先生が築かれた友好の“金の橋”を知らない人はおりません。皆、池田先生のことを周恩来総理と同じように敬愛しています。」

東京大学で宗教学を専攻する市川裕教授は、「1975年の旧ソ連時代に、モスクワ大学が名誉博士号を最初に授与したときから、200番目の北京師範大学による今回の授与に至るまで、その授賞理由が一貫して変わっていない」という事実に言及。市川教授はその授賞理由を「卓越した宗教指導者で社会文化活動を通した民間外交の推進、大学の創設者で平和教育の推進と人材育成、国連とともに世界平和へ尽くす献身的活動、世界の知識人と対話し世界にメッセージを発信し続ける哲学者」に整理している。

このように、「人間主義」を基調とした平和・文化・教育の活動が高く評価される時代になったことを嬉しく思う。