「靖国参拝問題」について

今井 康英

私のブログでは、最近「靖国参拝問題」に関連するニュース等が 多く取り上げられている。 そこで今回は、この問題に対する私見の一端を述べます。

私は靖国神社に参拝したことはありません。 国の決めた基準で、戦死者を「英霊」に祭ることに違和感があるので、 行く気もないし、参拝する気にもなれません。 なぜ戦死した者だけが「英霊」なのか? 生きて帰ってきた者も、祖国再建のためにどれだけ苦労したことか。 先の大戦では戦場の軍人軍属だけでなく、空襲などで死んだ者も夥しい。 靖国神社に祭られた者だけが、犠牲者ではない。 それに、戦場とされたアジア諸国の人々にとっては、加害者でしかない。

日本では、死んだ者が「仏」になったり、「神」になったりするが、 これは日本独自の習俗と言えるかもしれない。 しかし、仏や神にとっては、実に迷惑な信仰である。 故に、ハッキリ言えば、これは迷信である。 この迷信は、なるべく早く払拭すべきであると思う。

但し、戦没者あるいは死者に対する敬意に欠けているのではないか と誤解されても困るので、申し添えておきます。 私も自宅近くにある戦没者慰霊碑、忠魂碑には行くこともある。 その時には、私なりの方法で追善供養・報恩感謝の祈りを捧げてきた。 その度に誓うことは、 この国に再び戦争の惨禍を起こさせません、必ず世界平和を実現します ということである。これは近年特に強く感じることである。

私には、米軍を中心とする対アフガニスタン戦争や対イラク戦争への 日本の対応(国策と言うべきか)は、明らかに誤りであるとしか見えない。 自衛隊、つまり日本の軍隊が現に戦地に送られている。 その名目は後方支援や人道復興支援ではあるが、 米軍を主力とする多国籍軍の一員としての参戦である。 日本は今、これらの戦争に軍事的にも加担しているのであって、 平和憲法の下でこんなことが実施されるとは、考えられないことである。 私は昨年、地元で自衛隊イラク派兵違憲訴訟に参加した。 被告は国である。一刻も早く、撤退させるべきだという訴えである。 日本が不戦を貫き、世界平和に貢献することは当然であって、 私にとっても、一人の日本人としての責任であり、 日本に生まれた地球人としての責任でもあると思っている。

そんな時(すなわち「戦時下」)に、 現職の総理が毎年靖国参拝に行くということが、 どんな意味を持つか。 前回も述べたことだが、自粛が当り前であると私は思う。 小泉総理の真意は知りようもないが、実に訝しいと言わざるを得ない。 この総理を国民の半数近くが支持しているというのも、 「大本営発表」の類い(=デタラメ)ではないかと思えて仕方ない。