ふるさとの祭りから

とらたぬき

つい先日、旅行ガイドをやっている友人から「長崎くんちって何?」と訊かれた。もちろんわが郷土のお祭りなので、すぐに「えーっと、くんちは長崎の諏訪神社の秋のお祭りで‥‥、いろんな出し物がある。」とお答えした。

言葉に詰まったのにはわけがあり、出し物の名称が、踊りには「龍踊(じゃおどり)」や「おらんだ万才」、曳き物という船の形の引きものには、「唐人船」「龍船」「阿蘭陀船」「南蛮船」などなど知らない人にとっては「???」のオンパレードなのだ。さらには、さまざまな名称やかけ声も方言がならんでおり、これらを標準語で説明しても祭りのイメージは伝わらないのだ。

このような独特の出し物を生むにいたった背景には、長崎という街の歴史が影響しているのはいうまでもない。

江戸時代の鎖国政策のもと、天領として海外との窓口となった長崎は、出島に暮らすオランダ人と唐人街に住む中国人がいた国際都市であった。長崎の人々は両国の文化やファッションをありのままに受け入れ、またそれらを「かっこいいもの」として祭りに取り入れた結果、国際色に富んだプログラムが出来上がっていったのである。そしてその伝統を今日まで受け継いでいるのだ。

異文化を拒絶したり差別するのではなく、共存し吸収する。ゆったりとしたおおらかなわが郷土の伝統のように、グローバリゼーションの時代においても異文化を理解し受容する人間でありたいものだ。