二酔人四方山問答(36)

岩木 秀樹

B:イスラームは寛容性・多様性・他者性を重視することがわかったよ。

A:そのような思考様式により国際秩序観も作られた。近代西欧国際秩序では同質文化間つまりキリスト教文化間の関係が主たる体系だったのに対して、イスラーム国際秩序では異質文化間つまりイスラーム国家と非イスラーム国家間の関係が主たる体系だった。

B:へー、やはりイスラームは自分と異なるものがすでに前提にあり、異文化関係を重視していたのか。

A:イスラーム国際秩序は東西交通の大動脈を包摂する開放的な国際体系として重要な役割を果たした。

B:そうなんだ。

A:さらに非イスラーム教徒を多様に捉えてもいた。それだけ他者認識に富み、細かく分析していたということだ。

B:非イスラーム教徒をどのようにカテゴライズしていたの。

A:ハルビー、ムスタミン、ズィンミーの三つに分けていた。

B:それってどう違うの。

A:ハルビーとはイスラーム教徒と戦争状態にある者、ムスタミンとはイスラーム世界を旅行または滞在する安全通行保障権を与えられた者、ズィンミーとはイスラーム世界に住みイスラーム支配に服する啓典の民のことだ。

B:非イスラーム教徒をそのように重層的に捉えていたんだ。

A:またイスラーム世界では領域的な国家というよりも脱領域的国家思考が強かった。これは東地中海の属人法の伝統も影響している。

B:属人法ってなに。

A:ある一定の領域に統一的な法を適用するのではなく、様々な人を弁別してそれらの人集団ごとに法を適用するシステムだ。ちなみにイスラーム世界では人を類型する基準は民族ではなく宗教集団だった。

B:え、民族によって人を分けていたんじゃあないの。

A:民族意識などはなく、強いていえば言語集団意識ぐらいしかなかった。民族意識は19世紀末もしくは20世紀初頭、さらに言えば現在ですら、上から一生懸命植え付けているのが現状だ。

B:じゃあ、イスラーム帝国では宗教集団によって、適用される法が異なっていたということなの。

A:そう、ある程度はね。そのような脱領域的国家思考とともに、国家そのものにそれほどの信用をおいていないんだ。

B:え、どういうこと。

A:国家のことをダウラとかデヴレットと言うのだけれど、その語源は変転するもの、変わりゆくものと言う意味だ。つまりイスラーム教徒にとって国家や国家機構、国家の政治的指導者は変わるものだという意識がある。

B:へー、それはおもしろいね。今後の世界の行く末を見る上でも、変化の中で国家を見るということや、国家の存在を自明のものにしないということは重要だよね。

A:イスラーム教徒にとってイスラーム共同体であるウンマは重要だが、国家機構のダウラは二次的なものなんだ。

(つづく)