二酔人四方山問答(5)

岩木 秀樹

B:君の話を聞いて、だいぶ「ユダヤ問題」がわかってきたよ。この前本屋に行ったら、「ユダヤ・キリスト・イスラーム2000年の怨念の歴史」みたいなタイトルの本があった。これでも読んでみようかな。

A:やめた方がいいんじゃない。このての本を読むのは時間の無駄だよ。ちまたに怪しい「ユダヤ本」って多いんだよな。ユダヤ教・キリスト教・イスラームは姉妹宗教で、祈っている対象である唯一神は同じだ。これらの宗教が生まれた中東地域では、比較的共存してきた。だから2000年の怨念の 歴史というのは、少なくとも中東地域においては嘘だ。 怨念の歴史があったのは近代ヨーロッパなんだ。だから起源としては「ユダヤ問題」は「ヨーロッパ問題」だと言ったんだ。ヨーロッパ・キリスト教社会の矛盾 である「ユダヤ問題」の解決を押しつけた所産が、「イスラエル・パレスチナ問題」なんだ。

B:なるほどね。ぼく流に言えば、「イスラエル・パレスチナ問題」はユダヤ教とキリスト教との対立のツケをイスラーム教徒が払わされていると言うことだろう。

A:そうだ、うまいこと言うね。さらに言えば、民族主義と植民地主義を育てた西欧諸国は、パレスチナにユダヤ教徒を送り込むことによって、 ユダヤ教徒の救出(実際は放出)と植民地主義的野心の双方が満たされた。ユダヤ教徒の放出によりヨーロッパ民族主義がより「純化」され、イスラエル建国に より西欧植民地主義の橋頭堡が作られた。

B:今ここにイスラエルの年表があるんだけど。1920年に英国による現在のイスラエル地域を含むアラブ地域の委任統治、1948年にイスラエル建国、同年に未耕作地開拓のための緊急条項施行とある。

A:英仏などの西欧諸国は、第一次大戦において広範な戦争協力を獲得するため、ユダヤにもアラブにもいい顔をして民族郷土建設を約束したん だ。しかし実際はこの地域を西欧で分割をした。世に言う三枚舌外交だ。その後、英国による委任統治という名の新たな植民地形態が始まり、イスラエルが建国 されたんだ。

B:未耕作地開拓のための緊急条項施行って何。

A:簡単に言うと、ある地域を閉鎖地域と宣言して出入りを禁止すると、未耕作地となる。 実際にはアラブ人がいたんだけど。その後にこの法律を適用して没収し、耕す意志のある者、つまり近くのユダヤ教徒入植地に渡すというものだ。このようなことを繰り返して、アラブの土地をユダヤのものにしていった。

B:西欧やイスラエルの行った歴史をきちんと見てみないといけないなー。でも今でもイスラエルでは民族絶滅の危機感が存在すると何かに書いてあったよ。

A:ユダヤ教徒がすさまじい迫害にあったことを否定する人はいない。またイスラエルの周りの国はアラブばかりで、いつ地中海に自分たちが追 い落とされるのではないかと危惧しているのも事実だ。ただその歴史的教訓をどう生かすかが重要だ。またホロコーストの問題が直接イスラエル建国に結びつく と考えるのも性急だ。例えば、後の労働党につながるマパイのシオニストの中には、ホロコーストで死んでいった人たちはシオニズムの大義を信じずにヨーロッパに残ったのだから、犠牲になったのは仕方がなかったというような冷淡な見方もあった。

B:そんなことを言ったユダヤ教徒もいたの!

A:ホロコーストの悲劇の末に「ユダヤ民族国家」イスラエルが建国されたとする考え方はある種のシオニストのイデオロギー的宣伝とも言え る。「ユダヤ人」が特定の歴史と場所を超越して存在するかのような「永遠のユダヤ人」像を結晶化させたのだ。例えば、1961年のアイヒマン裁判も、ユダヤ教徒は世界中で苛められていて、その最悪の形がホロコーストだと訴えることによって、労働シオニズムではまとまらないイスラエル国民の感情を統合するた めのベングリオンによる政治パフォーマンスだとの説もあった。

B:そうなんだ。

A:またユダヤ教徒右派の中にはシオニズムに反対する人もいた。神がユダヤ教徒を約束の地から追放したとき、神が許すまでユダヤ教徒は離散の生活を続けるべきと考えた。つまり国を作るのは神であり、人間が勝手に国を作ってはいけないと主張した。

B:ユダヤ教徒の中にも色々な意見があるんだなー。イスラエルの政策に批判的な人もいるの。

A:いるよ。例えば、イスラエルの精神的権威でもあるユダヤ教の碩学ヤシャフー・レーポヴィツは、1967年の第三次中東戦争によるイスラ エルの領土拡大に関して、イスラエルはユダヤ人にとって世界中でもっとも危険な土地になったと嘆いたそうだ。またユダヤ教からキリスト教への表面的改宗者 マラーノの子孫であるエドガール・モランは、アウシュヴィッツがイスラエル国軍による権力乱用を隠蔽するために使われるのは我慢できなくなった、と述べた そうだよ。

B:へー、イスラエル国内においても多様な意見があるんだ。

A:イスラエル軍へ徴兵拒否をする人も徐々に増えている。またパレスチナ・イスラエル双方から肉親を殺された人々からなる被害者の会が互い の怨念を越えて対話をし、暴力の連鎖を越えようとしている。このような動きを見ていると、かすかな平和への光明も見えてくる気がするよ。