二酔人四方山問答(6)

岩木 秀樹

B:ユダヤ教徒の間でも、またイスラエルにおいても多様な意見があり、共存へ向けての歩み寄りがあることを聞いてほっとしたよ。

A:今までユダヤ・イスラエルに関してマイナスの側面ばかりを見てきたけれど、もちろんそればかりではないんだ。トインビーは、ユダヤ教徒を土地に固執しない遠隔地においてネットワークを結ぶ民として、ユダヤモデルを提起した。

B:へーそうなんだ。でもなぜ土地に固執しなかったの。

A:固執できなかったと言った方がいいかな。ヨーロッパにおいてはユダヤ教徒は差別されていたため、それほど土地を持てず、公職など重要な職には就けなかったんだ。だからキリスト教徒が嫌う商業や金融業で生計を立てるようになった。ユダヤ教徒にとって財産とは、土地や地位などではなく、お金や信用そして知識だった。

B:知識も重要視していたの。

A:そうだよ。科学・医学・芸術・文学・学問の知識があれば、迫害の中でも何とか生き抜くことが出来たんだ。だからユダヤ出身の科学者、学者や音楽家などが今でも多いのはそうしたことが理由の一つになっているだ。

B:知識が命を救ったのか。感慨深いなー。生きていく知恵だね。

A:これからの世界においてもこのユダヤモデルは非常に重要になっていくと思う。移動をそれほど苦にしない人々は、境界や私有の概念をあまり持っていないんだ。

B:え、何で私有の考えがあまりないの。

A:簡単だよ。移動するときには金銀財宝や自分の所有物はそれほど運べないから。だから遊牧民は今でも私有の概念はうすいよ。その代わりに共同や平等という意識は強い。

B:なるほどね。定住民の考え方とはその辺りが少し違うのかな。

A:ユダヤ教徒は非定住民としての迫害の歴史だった。しかし今ではそのことは、時代を先取りする志向性を持っていると考えられている。今まで非定住はデメリットだったかもしれないが、メリットに転じる可能性がある。境界や私有の概念を越える非定住的ネットワーク志向は注目され、国民国家システムを変容させるだろう。そしてこれは全世界のイスラームや華人ネットワークとも共通している。

B:デメリットがメリットか。禍福はあざなえる縄のごとし。人間万事塞翁が馬だ。

A:ただ喜んでばかりもいられないんだ。このような非定住マイノリティとしての迫害の経験から、これを否定しようとする人々もいたんだ。それがイスラエル建国を目指した人たちだ。つまり同質性と定住を前提とする西欧国民国家システムを作ることによってのみ、自分たちの迫害の歴史に終止符が打てると考えた。自らの同質性と定住を維持するためにパレスチナ人を追い出した。つまり自分たちの歴史を反面教師としたんだ。

B:もちろんそうじゃない人もいるんだよね。

A:そうだよ。同質性、定住、境界、私有よりも多様性、移動、非境界、共同、共有を重視するユダヤ教徒やイスラエル人も多いよ。キブツ(集団農場)などはその一例かもしれない。ところでさっき、ユダヤ・ネットワークとともにイスラーム・ネットワークと言ったけれど、イスラームはどちらかというとキリスト教よりユダヤ教の方に似ているんだ。

B:へー。例えばどういう点。

A:キリスト教は神は三つ存在し三位一体などと言うが、ユダヤ教イスラームともに唯一神で、それぞれヤーウェとアラー。啓典としてトーラーとコーラン、口承伝承としてタルムードとハディース、宗教法であるハラハーとシャリーアなどかなり類似点があるんだ。

B:歴史的にも、ユダヤ教徒とイスラーム教徒はかなり共存していたしね。

A:そうだね。でもキリスト教徒も中東地域では、イスラーム教徒やユダヤ教徒と比較的うまくつき合っていた。だからキリスト教の非寛容性は、キリスト教の教義そのものに存在するというよりも、キリスト教がヨーロッパ化した過程や、近代西欧国民国家体制の持つ閉鎖性や同質性にあるのではないかと最近考えているんだ。