二酔人四方山問答(7)

岩木 秀樹

B:また大規模なテロがあったね、ロンドンで。今まで色々イスラームについて聞いてきて、少しは偏見が無くなったように感じたけれど、でもイスラームの名で多くの人を殺すなんて恐ろしい宗教だなと正直思った。

A:いやあれは、イスラームの中の一部の過激な人々がやっていることだ。ただイスラームに限らず、宗教や様々なイデオロギー中には、正しいもののた めには自分や相手が死ぬことは間違ったことではなく、特に自集団や自分の教義を守るためには「悪」と命を賭けて戦うことを奨励する例は多い。

B:イスラームにもジハードと言う言葉があるよね。

A:あるよ。でもジハードは宗教的に様々な努力をするという意味なんだ。弱い自分に打ち勝つための精神的ジハードも含まれるんだ。このようなジハードの中の一部に、自分たちのイスラーム共同体を守るための狭義のジハード、私たちがよく使う聖戦がある。

B:へーそうなんだ。ジハード=聖戦ではないんだ。

A:しかもその聖戦という意味のジハードの中にも、拡大ジハードと防衛ジハードがある。 拡大ジハードとは文字通りイスラーム共同体を異教徒の土地に広めること。もちろん広め方は武力ばかりでなく、商人や様々のイスラーム教団が広めたりしたん だけど。また武力による場合でも徐々に改宗させていったんだ。そして防衛ジハードとは自分たちの共同体を異教徒から守ることだ。

B:現在のイスラーム教徒はやっぱり防衛ジハードをやっているという意識が強いのかな。

A:そうだと思う。そもそも拡大ジハードを宣言できるのはカリフの専権事項だから、最後のイスラーム帝国であるオスマン帝国が崩壊した後、カリフは いなくなったので、理念的には拡大ジハードはできなくなった。それに現実的にはパレスチナでもアフガニスタンでもイラクでもチェチェンでも、世界の様々な 場所で行われていることは、米国を中心とした国々からイスラーム共同体とイスラームの同胞を守るための戦いだという意識がある。つまり防衛ジハードを行っ ているというわけだ。

B:でも今回のテロは防衛ジハードと言えるの。

A:言えないと思う。世界のイスラーム教徒の多くは、9・11の時もそうだったけれど、今回のような無差別テロは許していない。多くの人々は話し合 いによって解決しようとしている。しかし、無差別テロという方法は間違っているが、自分たちイスラーム教徒が様々な局面で抑圧を受けていることを世界中に 知らせ、出来れば改善したいと考えているのは確かだ。だから無差別テロを見て、それは間違っているとは言うが、その後に、ただね……と言う言葉が続くん だ。そのような不満を強く持つ人々の一部が過激化して、自分たちがやられたことをやっているんだという報復攻撃にでているのかもしれない。

B:一部にもそのような人がでるということは、ある程度イスラームが暴力性を内包しているからじゃないのかな。

A:それを完全に否定することは難しいかもしれない。もっと言えば、イスラームのみならず、宗教と暴力の関係という大きな問題にぶつかる。ただこう いう例もある。ぼくが中東に留学していたときに、オウム真理教の地下鉄サリン事件があったんだ。これはまだ公判中で真実はまだはっきりしないけれど、当時 ぼくの友人のイスラーム教徒は日本人は恐ろしいことをする、仏教徒は怖いと言っていた。

B:え、あれは仏教徒の仕業なの。

A:中東のような遠い地に住む人から見れば、東洋的な宗教の小さな差異はわからないんだ。仏教的な言説を使っていたのでそう見えたのだろう。なぜ日本人の仏教徒が不特定多数の同胞を毒ガスで虐殺したのか理解できなかったようだ。

B:そう見えるのか。ぼくもなぜ彼らが無差別テロをしたのか全然理解できない。

A:それに比べ、イスラーム教徒による様々の抵抗運動は、因果関係ははっきりわかる。イギリスの三枚舌外交に対するもの、アメリカのダブルスタン ダードに対するもの、イスラエルの不法占領に対するもの、米英らによる国際法無視の戦争などに対抗するために攻撃を仕掛けている。

B:一般のイスラーム教徒は無差別テロという方法には反対するが、それを行う人々の心情を全く理解できないというわけではないのかな。

A:だから中東から見れば、どのような恨みや抑圧があるのか外から見たらわからず、自宗教の教義内から発したものによって、同胞を殺した日本人の仏 教徒の方がよほど残虐で恐ろしいということになる。でも国際社会では、仏教テロリズムとは言われなかった。また世界の様々のキリスト教徒によるテロもキリスト教テロリズムとは言われない。イスラーム教徒の一部によるテロのみイスラームテロリズムと言われるのは、明らかに国際社会に存在する偏見だと思う。