残留孤児訴訟に思う

大江 平和

去る6日に中国残留日本人孤児が「帰国後の生活支援が不十分だった」などとして国に損害賠償を求めた訴訟の判決がくだった。判決は国の法的責任を全面的に否定した。きわめて残念な結果であったと憤りすら感じる。

私の近所の公営住宅に残留孤児の老夫婦が住んでいる。二人は毎朝夕、おぼつかない足取りを互いに支え合うようにして散歩するのが日課のようだ。何気なく「ニーハオ!」と挨拶を交わすようになり、先日、夫と一緒に初めてお宅にお邪魔した。そこで、私たちは大きな衝撃を受けた。実はこの老夫婦はいわゆる「文盲」だったのだ。その存在は知っていたが、身近に接するのはもちろん初めてである。おまけに中国語も訛りが強く、何を言っているのかさっぱりわからない。かろうじて聞き取れたのは、以前は中国の山東省の「リャンシャン」に住んでいて、日本に来て十数年たつということだけだった。いつもは固有名詞など聞き取れないものは書いてもらうのだが、それもできない。帰宅して中国地図を開いてみたが、結局「リャンシャン」という地名は確認できなかった。折りをみて、かつて日本軍が侵略していった山東方面のルートを調べてみようと思う。それはともあれ、70才をゆうに超えたであろう二人が、戦争によって中国の農村に置き去りにされ、祖国、日本に戻ってきた今も日本語はおろか、自分の名前すら読むことも書くこともできずにいる。不自由な生活を強いられている現実を目の当たりにし、その苦労続きの生涯に思いをはせたとき、胸に迫ってくるものがあった。

戦後60年を迎えた本年、いまなお戦争の傷跡はまだ続いているのだ。このような老夫婦が全国に約2500人いるという。彼らの祖国、日本での晩年が少しで幸せなものとなるよう、国は最大の努力を払って生活支援の拡充をすべきであろう。