外国語があなたを変えていく(4)

浪木 明

心理テストでコップに半分入っている水を見て「もう半分しかない」と考える人は悲観主義者、「まだ半分も残っている」と考える人は楽観主義者というものがあります。しかし、私は何も感じません。私は「中観主義者」なのです。

長い間、私は楽観主義はプラス、悲観主義はマイナスと考え、意識的に楽観主義者に近づこうとしていました。しかし、前者には「責任回避、日和見」 というマイナス面があり、後者には「慎重、防衛」というプラス面がありはしないかと考えるようになりました。もし世の中がどちらか一方のグループだけに なったとしたら、人の喜怒哀楽もバランスが崩壊し、人生はとてもつまらないものになってしまうことでしょう。物事には常にプラス面とマイナス面が存在する のです。それを認め合うことの方が、どんなに人生を豊かにすることでしょうか。

ところで日本では血液型と性格の間に強い相関関係があるとする書籍に人気があります。冷静に考えれば地球上63億の人間の性格をたった四つのカテ ゴリーに分類することなど不可能です。一方視点を変えれば、四つのカテゴリーに63億の人間を分類することは案外簡単なことかもしれません。得てして人間 は何かの基準でグループ化して分類するのが好きらしい。それ自体は問題ないのですが、そこに優劣や上下の差異をつけ異なるものを排除していく傾向が見てと れます。

話は変わりますが、一つの論題について肯定と否定の両方の側に立って考えるディベート(討論)が注目されるようになってきました。私は学生時代に 英語討論で「核兵器は必要か?」との論題にジャンケンで負けて肯定側に立ったことがあります。自身の意見とは正反対の主張をする羽目になり、瞬間「負け た」と思いました。しかしここで知恵を絞り「地球に大隕石が接近し、それを破壊しなければ地球は滅びるという状況下では、核兵器が必要なこともある」と主 張し、ディベートに勝ったのです。私の「中観主義」への第一歩でした。

この出来事は私の思考形成に大きな影響を与えました。立場が変われば主義主張も変わること、立場が変わったとしてもその批判に耐えうる整合性を持つこと、感情を制御し論理を中心に物事を見る重要性などです。

外国語の差異に目を転じると、スペイン語では「皿が私の手から落ちた」という表現の仕方があります。日本語なら「私は皿を落としてしまった」とな るでしょう。当初、「スペイン語は、何と無責任な表現をするのか」と思いましたが、次第に「何とプラス思考な表現だ」と思うようになりました。最近の某知 事の「フランス語は国際語失格」発言問題は、言語に優劣をつける極めて乱暴で危険な考え方です。

異なる言語や文化の存在が、己を見つめ直し、相手の立場に立つ重要性を教えてくれるのです。外国語があなたを変えていくのです。「中観主義者」は 人生の様々な局面で紛争の解決に寄与することができ、異なるものとの交流を楽しみながら世界市民そして平和を目指すのです。このような限りなき自己の拡大 と変革のプロセスにおいて、外国語学習を通じて得たものの一つが「多重人格」です。これについては次回論じたいと思います。