「シベリア抑留」について

今井 康英

今回は、シベリア抑留について述べます。 父がシベリア抑留帰還者であったことは、先に記した通りです。 実は、近所に住んでいる伯父(母の兄)も、シベリア抑留帰還者です。 東京に住んでいる叔父(父の弟)は、「満鉄」に勤めていました。 私も、シベリア抑留問題に無関心ではいられません。 これも戦後未処理問題の一つだと思います。

共同通信(7月22日)などによると、この日、シベリア抑留者に対する未払い賃金問題を解決するため、民主、共産、社民の3党は共同で「特別給付金」支給法案を衆議院に提出した。(正式な法案名は、「戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案」及び「独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案」)戦後60年にして、元抑留者に強制労働の「未払い賃金」に見合う補償として、抑留期間に応じて5段階で30万円~200万円の「特別給付金」を支給する
という内容である。記者会見で全国抑留者補償協議会の寺内良雄会長は、「(元抑留者は)80歳を超えている。目の黒いうちの法案成立を心から願う」と訴えた。

また民主党HPなどによると、26日には、上記3党で参議院にも同様の法案を提出したが、こちらの法案には、家族・遺族に加え、戦前外国から日本に強制労働者として連れてこられ軍民・軍属とされた関係者も支給対象とするよう検討項目が加えられた。(例えば、「在韓軍人軍属裁判を支援する会」
http://www.gun-gun.jp/index.htmによると、第2次大戦後、旧ソ連によってシベリアに抑留された人は旧日本軍兵士、民間人も含めて約63万人余。極寒・飢餓・重労働の「三重苦」の中で約6万4千人もの人が死亡したと言われている。そのような人々の中に、朝鮮半島出身者が含まれていたことを私たちは忘れてはいけない。8月15日、天皇の無条件降伏で、日本の侵略戦争の幕は閉じられた。ポツダム宣言に基づき日本軍の武装解除が始まり、南方の戦線に配属されていた多くの軍人軍属の帰還手続きが進む一方、満州に駐屯していた関東軍60万人はシベリアへ連行された。その中には3500人もの朝鮮半島出身者も含まれていた。)

一方、日本経済新聞(7月26日)によると、自民党総務会は、高齢化などで対象者が減り、歴史的役割を終えたと判断し、資本金400億円のうち約半分を取り崩し、生存者への旅行券や銀杯交付、慰霊碑建立などに充て、残額を国庫に返納するという内容の「平和祈念事業特別基金」廃止法案を了承した。
私は関係者の一人として、自民党案では解決策にならないと思う。

8月2日、衆議院で戦後60年決議が採択された。(正式には「国連創設及びわが国の終戦・被爆六十周年に当たり、更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」)戦後50年決議と異なり、今回は未来志向の国会決議にしたと言うが、「戦争責任」あるいは「戦後処理」に多くの未解決の問題を残して、果たして本当に、前に進むことが出来るのか?「持続可能な人類共生の未来を切り開くため」にも、日本はまだまだ、「過去の一時期」の歴史に対する真摯な反省が足りないと言わざるを得ない。