約束

その他

投稿者:近藤 よし花

「世界は平和になっていく。」今回8月6日に広島の旅に行く前は、そう思っていました。なぜなら、みんな戦争で死ぬのはごめんだと思っているだろうし、みんな平和を願っているからです。しかし、そんな考え方もこの旅が終わってからは、もろくくずれ去っていきました。

焼けて皮膚のたれ下がった人。川に逃げ込んで、そのまま死んだ大勢の人達。テレビの番組で見たことですが、被爆して同僚と一緒に建物の外へ出て行ったら、生きている人が誰一人もいなかった、爆心地から数百メートルの所にいた人。それから、ヒロシマの原爆以上の破壊力を持つ原爆をナガサキに落したこと。このことから60年もたったのに、今でも原爆の被害を受けている人。そしてなにより、戦争を終わらせるために原爆を落したと言っている国が、戦争が終わった後も原水爆の実験をし、被爆者を増やしたこと。――私が広島の旅で知ったことだけでも、書き出したらきりがないです。だから、被爆者の人達の方は、もっと伝えたいことがあるのだろうと思います。

ある国は「核兵器を持つから誰も反抗しなくて平和が保たれている。」と言っているけれど、よく考えなくてもその考え方は変だと誰でも思うのではないでしょうか。なぜならその行為は武力によって人を従わせているだけであって、ただ単に人々に押つけているだけにすぎないと、私は考えるからです。本当の平和はそんなものじゃないと感じます。平和はもっと別の、人々から不安を取り除いてくれるものだと思います。

それから、私は平和をつくるためには、核兵器は「禁止する」だけではだめだと思います。「禁止する」ということは、つまり「持っているものを使わない」ということになるので、そのもの自体は「存在する」ということになります。すると「禁止できるもの」とは、いわゆる「使うことができる」という意味なのではないでしょうか。「使うことができるもの」というものは「使わなければ意味のないもの」と考えることができます。つまり、その「存在」は使いたがり屋な人間にとっては、正にうってつけなものだと思います。もし、その「存在」が核兵器だったら、とても危険です。

だから私は、「存在」するすべての核兵器をこの世から無くさなければいけないと思います。これ以上悲しみを増やしてはいけないです。もちろん、この世にある危険な武器も。

私は本当のことを言うと、やりたいことがたくさんあります。15という歳なのでたくさんのものごとに興味があります。これからもそういうことが続けられるように、いや、先の子孫もそういうことができるという『約束』をつくらなければ、と私は考えます。