「反戦平和」について(2)

今井 康英

今回も引き続き「反戦平和」について述べます。前回、昭和天皇の戦争責任について触れましたが、
これについてもう少し紹介しておきます。このカテゴリには、いくつか追加した記事があります。

まず、5月8日の菅直人・民主党前代表のテレビ討論での発言です。共同通信(同日)によると、菅さんは日中間の歴史認識問題に関連し「戦争をした責任を、日本人がどう判断するかが問われている」と指摘、日本人自身による戦争責任の明確化が不十分だったとの考えを強調した。その上で昭和天皇の責任に関し「(敗戦時に)天皇陛下は退位した方がよかった。明治憲法下で基本的には天皇機関説的に動いていたから、直接的な政治責任はない。しかし象徴的にはある。政治的にも象徴的にも、ひとつのけじめをつけるべきだった」と述べた。私も、この意見には同感です。免責されていなければ、最高責任者として絞首刑は免れなかったと思われるので、自主的に退位するのが当然であり、適切でもあったと思う。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/d7148ce3198f53225c19213cf304a2bb”

次は、7月19日の東京新聞の特集「戦後60年」の記事です。「昭和零年 1925年生まれの戦後60年」に掲載されたジャーナリスト・原寿雄さんの言葉です。(執筆は、桐山桂一氏)。

原さん自身は「愛国少年」だったそうだ。平塚農学校を卒業し、国鉄に勤務したが、ずっと「軍人になって、天皇のため、国のために尽くしたい」と思っていたという。それで、四四年十月に原さんは海軍経理学校に入った。しかし、終戦後、郷里に戻った原さんは、やがて一高、東大へと進んだ。その過程で次第に「天皇に裏切られた」という思いが強くなったという。「天皇は免責されましたからね。信じていただけに、昭和天皇が結果的に戦争責任をとらなかったことに、反発を覚えました。戦後の道義なき社会の原点はそこにあるのではないでしょうか」私も、まったく同感です。同時に、次の言葉も確かな予見であると思う。「改憲以前に、戦争ができる体制が整いつつあります。今、日本社会で特に大事なのは、少数意見の大切さをコンセンサスとして持つことです。そうしないとまもなく、再び『非国民』という言葉が復活してきますよ」小泉首相が、衆議院で郵政民営化に反対した自民党議員を「非公認」だと言っているのが、私には、なんとなく「非国民」だと言っているようにも聞こえます。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/4639600ec4a62e2c91eeb6dad3a75227

また、最近の本島等・前長崎市長の発言です。例えば、西日本新聞(8月16日)によると、韓国・ソウル市内で8月15日に、在韓被爆者と被爆地の長崎・広島などの関係者らが核兵器廃絶と平和実現について語り合う韓日平和フォーラム「Think about HIBAKUSYA(被爆者を考える)」が開かれ、基調講演で本島氏は会場の韓国の人たちに「かつての日本の残酷な植民地支配によってご迷惑をかけたことを深く謝罪したい」とした上で、「日本は天皇の戦争責任を含め、すべての戦争責任を不明確にしてきた。日韓の若い世代が本当の新時代を築いてほしい」と呼び掛けた。「被爆三世」の高校生平和大使・山田詩郎さんは「これまで原爆について被害ばかりを学んできて、なぜ投下されたかを学んでこなかった。若者は祖父の時代の加害をしっかり見つめ、語り継いでいかなければならない」と語った。なお、本島氏は1988年、長崎市議会で「天皇に戦争責任はある」と発言し、脅迫を受けたり銃撃された事件もあったことを、私も忘れていません。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/377a13d6d5826435eba9511715b680b1

これからも折に触れて、天皇の戦争責任問題について考えていきたいと思います。あるいは、天皇民主化論を述べていく心算です。