続・修学旅行と平和学習

近藤 泉

◆二学期が始まり、学校ではスポーツ、芸術、学問の発表の場など様々な行事が催され、子ども達はもとより親達も楽しみな季節となります。そして修学旅行の季節でもあります。

財政的な理由により修学旅行の行き先から広島・長崎や沖縄がなくなった現状は前に投稿しました。修学旅行に行かないからと「平和学習」まで消えてしまうの は、日本の教育行政の姿勢を象徴しているようです。所詮「平和学習」は意識の高い現場の先生方の努力で築かれたものであって、教育行政の立場からは教育に とっての「必須科目」ではなかったということなのでしょう。今年も来年度に向けて日本の過去の過ちを隠す教科書を選定する動きが各地で見られました。修学 旅行の現状が「平和教育」を避けようとする側に風を送ることにならなければよいなと危惧しています。

◆子どもは私達の未来社会からの預かりもの、何十年か経てば日本や世界を動かす存在です。

街なかで出会うその子ども達が作る社会で、私達大人は生きてゆくことになります。私達大人は子ども達に、自らの生きる意味を見つめ平和を考える教育を用意し、すべての人間の尊厳と生きる権利を奪う戦争の歴史を学ぶ機会を充分つくって来たでしょうか。自殺や殺人への憧れ、いじめ、自傷、バーチャル世界へののめり込み、ひきこもり、ニート、等々、、、。子ども自らが傷だらけになりながら、大人達が築いてきた教育環境への警鐘を鳴らしているように思えてなりません。

子どもの心理状態と環境は刻々と変化し次々と新しい認識も出てきますが、根本の問題は子ども達に「自分は確かに生きている。」との実感がないことと、「自 分が生まれてきたことはかけがえのない尊いことなのだ。」という喜びが湧かないことだと思います。「平和教育」で子ども達が得るものは正しい歴史認識だけ でなく、実は「生きる力」を貰うことに他ならないと思うのです。

◆私立高校では早い時期から海外修学旅行を実施してきましたが、都立高校でも検討されてはいるようです。

【東京都教育長】海外修学旅行は、日本と異なった文化や生活などに触れるよい機会であり、日本人としてのアイデンティティをはぐくむ上で大切な教育活動で ある。平成14年度から国際高校、飛鳥高校、蔵前工業高校を海外修学旅行の試行校として指定し、安全の確保や交流の方法、保護者の経済的負担などについて 検討してきた。今後、都立高校においては、試行校における成果や課題などを踏まえそれぞれの学校の実態を最も的確に把握している校長の判断の下で、実施で きるようにしていく。
(平成16年第3回東京都議会定例会より 平成16年11月5日発行 教育庁報No.497)

この件についてかなり前から議論されていることが窺え、縮小傾向の最近の国内修学旅行との間には多くの課題もはらんでいることと思いますが、子ども 達を国際人として育てるにあたっては、やはり人間として「生きる」意味に向き合わせてあげることが第一だと考えます。海の向こうではなくこちら側にある 「平和を訴える世界遺産」にまず学び、生きていることへの感謝と地球の危うい存在を知ってこそ、日本と異なった国の人々を愛しく想い互いを尊重するように なれるのではないでしょうか。