2005年9月11日に思う

宮川 真一

あの日、米国ニューヨークの世界貿易センタービルに多数の乗客を乗せた航空機が激突する映像に接したとき、人はそれをアクション映画の1コマと錯覚するか、「文明の衝突」というシナリオを想起するかのいずれかだったのではないだろうか。2001年8月末から9月9日にかけて、南アフリカのダーバンで反人種主義・差別撤廃世界会議が開催された。ダーバン会議では人種主義を 歴史的に形作ってきたのは植民地主義と奴隷制であることが確認され、人権の問題が南の立場から取り上げられた。EUは植民地主義と奴隷制についての謝罪に も合意した。ただし、これは補償などの代償なしの謝罪でよいという条件つきの妥協であった。しかし、アメリカはこの謝罪にすら参加しなかったのみならず、 会議でイスラエルのパレスチナに対するテロが議題に上るや、会議の途中でイスラエルとともに退場した。イスラム世界では、アメリカがダーバン会議から席を けって退場したことに対する絶望感が広がっていた。それが「9・11」のひとつの近因になったと考えられる。この会議に参加していた武者小路公秀氏は、「ビン・ラディンらイスラム・ゲリラ組織が何かするだろうと漠然と感じていた」という。(武者小路公秀『人間安全保障論序説―グローバル・ファシズムに抗して―』国際書院、2004年。)

ヨハン・ガルトゥング氏は次のように述べる。「第二次世界大戦後、米国の介入によって殺された犠牲者の数は、低く見積もっても、ペンタゴ ン(米国国防総省)の公然の行動によるものが600万人、CIAの隠然の行動によるものが600万人である。これらの合計は1200万人となる。これに構 造的暴力の犠牲者が加えられるべきである。重大な欠陥を有する経済構造によって基本的必要が奪われることにより、少なくとも日々10万人の人々が命を落と している。このうち一部分は、経済的な『悪の枢軸』との密接な関係によって、米国に起因するであろう。殺された1人に対して残された者が最低10人いると して、われわれは反米感情の強い1億を超える人々、おそらく5億の人々を語ることができるだろう。こうした強い憎しみの中のどこかで、報復への渇望が燃え 上がっている。それはイスラム原理主義者をして、怒りを行動に変えさせる。それはキリスト教原理主義者をして、米国の行動に目をふさぎ、耳を閉じ、感覚を麻痺させる。」

ガルトゥング氏によれば「9・11」は、「文明の衝突」ではなく、「文明内にある2つの原理主義の衝突」である。彼によれば、「世界は 今や対立する2つの原理主義によって翻弄されている。それはイスラムのスンナ派に属するワッハービズムと、キリスト教のプロテスタントに属するピューリタ ニズムである。両者とも中心のコアにおいて数百年の歴史をもっている。しかも彼らには自由に使用できる威力ある武器がある。兵器としての航空機の使用によ る自爆攻撃と、核兵器の使用をも含む絨毯爆撃である。」(ヨハン・ガルトゥング/藤田明史編『ガルトゥング平和学入門』法律文化社、2003年。)

池田大作氏は2002年1月に発表した平和提言において、テロリズムが多発する「9・11」以後の現代社会を覆っているものは「『自己』 も『他者』も輪郭の定かでない『人間不在』という現代の悪霊」であると指摘する。「真に脅威なのは、戦わなければならない相手は、貧困、底知れぬ憎しみ、 そして最強の敵、『人間不在』という現代の悪霊であり精神病理そのもの」である。従って、「テロリズムは、軍事力を中心としたハード・パワーだけで根絶で きるような単純なものではなく、ソフト・パワーも含め、国際社会が足並みをそろえて対処していかねばならない広がりと性格をもっている」という。

「9・11」以後の国際社会における問題状況のタテ軸には、軍事的・政治的・経済的な権力悪がある。ヨコ軸には、異文化に対する偏見と いう文化摩擦がある。そして、それらの根底には「人間不在」という精神病理が潜んでいる。この「人間不在」という悪霊を駆逐し、「生命尊厳」、「人間復 興」の潮流を興していくことが、いま切実に要請されているのではないだろうか。その上で、ヨコ軸においては分断から結合へ、破壊から創造へと、時代のベク トルを大きく変えるために、人間にそなわる善性を信じ、そこに呼びかけ、働きかけていく「文明間の対話」をあらゆるレベルで重層的に進めていくことが求め られる。タテ軸にあっては、21世紀を「教育の世紀」にしゆく挑戦の中に「生命尊厳の地球社会」を開く鍵があるのであり、一人一人の内なる無限の可能性を 開き鍛える「人間教育」、国家を超える視野を持った「世界市民の教育」が平和の礎となる。

何千年も続いてきた「力の支配」と暴力思考を変えるのは、容易なことではない。しかし人間は、なくせないと言われてきた奴隷制度を終わらせ、ホロコーストを終わらせ、アパルトヘイトを終わらせた。戦争もテロも、根絶やしにすることは不可能ではないと思う。

(拙稿「池田大作先生の『9・11』認識と『人間主義』平和構想」創価大学通信教育部学会編『創立者池田大作先生の思想と哲学』2005年。)