二酔人四方山問答(15)

岩木 秀樹

A:朝鮮を旅して驚いたことは、思っていたより外国からの物や人の流れが多いということだ。

B:朝鮮ってほとんど鎖国状態じゃないの。

A:それが違うんだ。まず1番目に付くのは団体の中国人旅行者。朝鮮には風光明媚な観光地が多いから、それを目当てに純粋な観光として来ているようだ。それに中国人料金は日本人よりかなり安いので、それが拍車をかけているみたいだ。

B:へー。君たち日本人料金はいくらくらいだったの。

A:8泊9日で北京滞在費用も含めて、1人約30万円だった。

B:んー。少し高いかな。韓国だったらパック旅行でこれくらいの滞在だったらその半分だろう。でも日本人は高いって差別じゃない。

A:そうは思わないよ。国の物価も違うし、金持ちから多く取るということはそれほど差別じゃないと思う。むしろ誰からも同様の金額を取るということの方が差別かもしれない。イスラーム地域でも定価という概念はうすくて、物の価値は売る人と買う人の関係の中で形成されるものとされている。

B:なるほどね。他にどんな人が来ていた。

A:ヨーロッパ人も来ていた。ゴルフをしに来たり、観光を楽しんだり、アリラン祭を見たりしていた。僕らのように学術交流や朝鮮社会の現実を見るという雰囲気ではなく、気楽な普通の旅行をしているようだった。あと日本の朝鮮大学校の学生が修学旅行で来ていた。彼らは万景峰号で来て、数ヶ月滞在すると言っていた。そうそう韓国からの旅行か仕事かわからないけれど、その団体を開城の高麗博物館で見かけた。たぶん陸路で入ってきたんだと思う。

B:ずいぶんと交流があるんだな。

A:物流もかなり活発で、中国側から鴨緑江を越えて多くのトラックが物資を積んで入っていた。経済封鎖を日本一国でやっても意味がないなと思った。ちなみにホテルには日本のお酒やビール、ちょっとしたスナックもおいてあったよ。

B:へー、物流もどんどん盛んになりそうだね。

平壌のスーパー兼おみやげ屋
平壌のスーパー兼おみやげ屋

A:そうそう、平壌最後の夜に、ホテルのバーに入ったら、日本語の歌を歌っているグループがいたんだ。酔っぱらった1人のおじさんに絡まれて、踊りまで一緒に踊らされたんだ。名刺をもらって少し話したんだけど、韓国からの農村振興の研究開発グループだったんだ。その人は農学博士でかなり立派な肩書きを持っていた。平壌の夜のバーで、日本人と朝鮮人のガイドや通訳の方と韓国人が日本語の歌を歌うなんて、おもしろい光景だったよ。

B:ところで、板門店にも行ったんでしょ。どうだった。

板門店
板門店。手前は休戦会議場、真ん中に境界線がある。向こうは韓国の自由の家。A:分断の象徴だし、今でも約1000万人の人々が分断されていることを思うと、悲痛な気持ちになったよ。板門店には韓国側から入ると、「見学中負傷ないし死亡しても補償は請求しない」という誓約書を書かせられるし、写真もそれほど自由に取れないのに対して、朝鮮から入ると、誓約書もないし、写真やビデオも自由だった。

B:朝鮮人民軍兵士がつくんでしょ。

A:そう、JSA(共同警備区域)に入る頃から、将校1人と兵士2人がガイドと護衛のためについた。将校はガイド役で人民軍の中佐だった。温厚な人で国際情勢などにもかなり詳しく、色々話を聞かせてくれた。ある一定以上の人は外国の情報も熟知し、国際社会の現状をかなり理解しているんだなと思った。

B:外国の情報は完全にシャッターアウトされているのかと思っていた。

A:ただインターネットはあるけれど、外国には飛べないらしい。

B:それはインターネットとは言わないじゃないの。

A:でもEメールはしかるべきところに行けば外国とのやりとりができるから、もしかしたら外国のインターネットもある地位以上の人は見ているのかもしれない。そうそう、Eメールを使って朝鮮の若者同士がチャットをするのが流行っているとも言っていたよ。

B:この時代、外国からの情報は完全に遮断できないよ。

A:そう、情報が社会や政治を変える可能性もある。物・人・金・情報の交流により、大きな変化があるかもしれない。