今の大学における学問

わたなべ ひろし

先日次のような新聞記事を目にした。

日本学術会議が、参加している1481学会を対象にアンケート調査を実施。全体の約5割に当たる838団体が回答した。研究者として倫理的に問題がある行為が、1999年以降の5年間に学会の役員会などで話題になったケースがあるかどうか尋ねたところ、113学会が「ある」と回答した。不正の内容で最も多かったのは、論文の二重投稿で67学会。論文やデータ盗用の23学会がこれに続き、データのねつ造、偽造は6学会であった。(読売新聞 7月5日 一部要約)

職場の同僚の話しによると、論文やデータの盗用などまだかわいい方で、例えば彼の専門である生物学の分野では、学術誌の審査員(レフリー)を務める大学の教授が、審査対象である未発表の諸論文それぞれのアイデアやデータを盗用して組み合わせることによってより「完成」された論文を作成し、先に発表して自分の成果にしてしまったりするというのである。

この話しを聞いて僕は絶句してしまった。

日本学術会議というのは、科学技術系の学会の団体なので、人文・社会科学系の学会ではこんなことはないと思いたいのだが、当コラムでの木村英亮さんの文章などを読んでいると、それも怪しいものである。

先週、「大学の後輩」という人から自宅に電話があった。「大学の卒業者名簿から渡辺さんに電話をかけさせていただきました。」という前置きの後、彼が話し始めたのは「投資」の勧誘、具体的には「金(ゴールド)」の先物買いのことであった(と思う。なにぶんこれ系のお話しにはうといので)。彼によれば、なんでもアメリカが近々金相場への介入を計画しており、そのため金の相場は間違いなく上がるとのことで、例えば今600万円の投資をすれば半年後に最低でも(!)1600万円にまで増えると言うのだ。

普段なら「投資」の話しが出た段階ですぐにきるのだが、なんといっても「愛校精神」旺盛な僕なので、少し彼と話しをしてみた。

「君はいくつになるの?」
「24才です。」
「じゃあまだ卒業してあまりたってないんだ。今うちの大学の就職率ってどれくらい?」
「私のときは60%ぐらいで良かったです。」
「60%ぐらいで良いんだ!僕のときはほぼ100%で当たり前だったけどなぁ。学部はどこ?」
「経済学部です。」(ちなみに僕は文学部)
「ゼミの先生は君の就職先のこととか知っているの?」
「就職が決まったときはとても喜んでくれました。」
「お金を投資してお金を儲けるというのようなことは、僕はあまり好きじゃないんだ。君の仕事について、ゼミの先生や大学の先輩は何も言わない?」
「このような仕事をしているおかげで、いろいろな方とお知り合いになれてとても楽しいです。投資された方にも非常に喜ばれていますし。」

彼との電話をきった後、僕が最初に考えたことは、彼のゼミの先生のことであった。

大学の後輩ということを看板に突然相手に電話をかけ、半年後には600万円が1600万円になるともちかけて「金」の先物買いを勧誘して歩くような彼の仕事を、僕の感覚では「まとも」だとは思えなのだが、その先生はどう思っているのだろうか?就職の段階で、教え子がどのような種類の会社に入り、どんな仕事をすることになるのか、いやしくも大学の経済学部の教員であればわかりそうなものであろう。それとも自分の教え子として恥ずかしくないまっとうな会社に入ってくれたということなのであろうか?あるいは教え子の人生は教え子自身が決めることなのだから、就職先などは本人が決めればそれで良いということなのであろうか?

今大学においてどのような研究・教育が行なわれているのだろうか。それは少なくとも、憧れの対象としてあのような本を書きたいとか、あの先生のような研究者になりたいとか、学生時代僕が想っていたものとは全く別物になってしまっているようだ。

僕は学問というものは、全人格的なものであると思っている。しかし、今の大学においては、自身の学問と自身の「人格」は切り離されたものになってきているのであろう。