エッセイ12 強者と弱者

木村 英亮

市場経済の下では、競争の勝者が報いられる。封建社会のように生まれによってよい生活を保障されることはない。これまでの日本社会は、年功序列、横 並び主義で、必ずしも成果を上げ社会に貢献した者が報われるようになっていなかった。これでは、グローバリゼーションの時代、国際的競争に勝ち抜くことは できない。したがって、非情ではあるが、アメリカ的な競争原理をもっと取り入れよう、市場原理を大胆に導入し、民間でできるものは民営化しようというのが 小泉改革であろう。それに対し、すべての面に競争原理を導入するのは無理であり、貧富の差が大きくなると社会が不安定になる。少しは能率が落ちても、大事 なところは国が責任を持つべきだというのが、反対する立場であろう。

私は、競争が能力と努力に応じて公正におこなわれるのは、原理的には社会主義社会であると思う。資本主義社会では、勝つためには手段を 選ばない。また公正な競争のためには、出発点が同じでなくてはならないが、現実にはそのようなことはなかった。それは、ソ連崩壊後のロシア社会を見ても明 らかである。いまのロシアのエリートは、大部分ソ連時代の共産党幹部であり、ペレストロイカのなかであるいはソ連解体後に共産主義に見切りをつけ、自分の 利益を第一に考えて転身し、党員のときの人脈を利用して、資本主義経済の下でのエリートになったのである。これは、アメリカの研究が明らかにしている。 (コッツ他『上からの革命』新評論、2000、フリーランド『世紀の売却』、新評論、2005)