「靖国参拝問題」について(4)

今井 康英

今回は、「靖国参拝問題」について述べます。

東京新聞(10月17日)によると、参拝劇場は、わずか5分であった。秋の例大祭が始まった東京・九段の靖国神社を同日午前、小泉純一郎首相が公約通りに参拝した。だが、そのやり方は、中韓両国の反発や大阪高裁の違憲判決を意識してか、異例ずくめ。平服のスーツ姿で、記帳はなし。傘も差さずに参道を自ら歩き、拝殿の前で手を合わせると、わずか5分ほどで神社を後にした。首相の靖国参拝に反対する人々からは批判の声が上がる一方、首相の参拝を求める人たちも、異例の参拝方法に複雑な反応を示した。午前10時10分、黒塗りの公用車で靖国神社の青銅大鳥居前に到着した小泉首相は、濃いグレーのスーツに、水色のネクタイ。過去四回の参拝は、礼服か羽織はかま姿だったが、この日の参拝は初めて、ふだん執務する際と同様の平服で臨んだ。小雨の降る中、傘も差さず、口を真一文字に結び、ロープが張られた参道を警備の警察官らを伴って拝殿へ歩く。詰めかけた参拝客から声をかけられたが、視線をやや下げ、厳しい表情を変えずに拝殿へと進んだ。首相は拝殿前で一礼すると、階段を上がり、ズボンの右ポケットから取り出したさい銭を投げ入れた。その後、目を閉じたまま30秒余の間、じっと両手を合わせると再び一礼。参拝の仕方も一変させ、本殿には上らない「拝殿前参拝」という形を取って、神社を後にした。参道にぶ報道陣から「総理、総理」とコメントを求める声が上がったが、そちらの方は見向きもせず、5分程度で車に乗り込んだ。(私も、この5分間の一部始終をビデオニュースとラジオで確認しました。)靖国神社は今回の参拝について、社頭参拝の一種である「拝殿前参拝」と説明している。

共同通信(同日)によると、首相は参拝後、官邸で自民党の中川秀直国対委員長に「秋の例大祭だから、マスコミの皆さんがずっと待っているから、こんなことでずっと待たせていては申し訳ない。おれは絶対に参拝するんだから」と述べた。細田博之官房長官は記者会見で「首相の職務として参拝しているのではない」と強調した。読売新聞(同日)によると、首相は就任以来、年1回の参拝を事実上の公約としており、今回が5回目。首相が秋に参拝したのは初めて。靖国神社側は「歴代首相は例大祭中に参拝している」として、17~20日の秋季例大祭中に参拝するよう求めていた。首相は同日昼の政府・与党連絡会議で、「内閣総理大臣・小泉純一郎としてではなく、一国民として心を込めて参拝した。二度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で祈った。今日の日本があるのは、心ならずも戦場で散られた皆さんのお陰だという気持ちだ」と語った。中韓両国との関係に関しては「アジア諸国との関係は未来志向で進めたい」と述べた。 毎日新聞(同日)によると、首相は同日夕、首相官邸で記者団に同日午前に靖国神社を参拝した理由などを説明した。首相としての過去4回の参拝と異なる形式を取ったことに関し、首相は「今までは首相として特別に(本殿への)昇殿を許されていたが、『普通の国民と同じように』がいいと思った」と説明した。中国、韓国が反発していることに対しては「日中・日韓友好、アジア重視、変わりません」と述べ、両国政府に引き続き理解を求めていく考えを示した。17日を参拝日に選んだことについては「今日は例大祭。それと、やはり1年1回参拝するのはいいことだなと(思った)」と説明。一方で、郵政民営化関連法が14日に成立したことに対して「一つの節目かもしれない」と語り、小泉政権の最重要課題と位置づけた郵政民営化に道筋がついたことも参拝に踏み切る動機になったことを認めた。「(来年9月までの)任期中の参拝はこれで最後か」との質問に対しては「適切に判断していきたい」と述べ、来年も参拝を断行することに含みを残した。(私も、これらの会見をビデオニュースなどで確認しました。)

産経新聞(10月18日)によると、「一人の国民として心を込めて参拝した。二度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で祈った。日本はこれからもアジア諸国との関係を重視していきたい」首相は十七日昼の政府・与党連絡会議でこう参拝の「真意」を口にした。平成十三(2001)年の就任時、「いかなる批判があろうと必ず八月十五日に参拝する」と明言した首相。この年は「どうしても十五日は避けてほしい」との中国のメッセージを受け、二日早めて参拝した。翌(2002)年は春の例大祭に合わせて四月二十一日に参拝。十五(2003)年は一月十四日、十六(2004)年は元日に参拝したが、参拝日をずらしても中国側はかたくなだった。「いつでも、いつがいいか考えていた」昨年元日の参拝時、首相は記者団に悩ましい心境を吐露している。「心ならずも戦地で倒れた方々や、やむをえず戦場に行かれた方に哀悼の意を表明している」と説明してきたが、中国側は聞く耳を持たない。一方で、首相サイドは昨年十一月のラオスとチリ、今年四月のインドネシアと過去三回開かれた日中首脳会談の前に「首相は時期は別として、靖国神社を参拝する。それでもいいなら会談を受ける」と非公式に打診していた。それでも中国側が会談に応じたのは、表では国内向けに靖国参拝を批判はするが、裏では首相の靖国参拝をあきらめ、他の課題について協議する損得勘定をしていたためともいえる。このため、中国が、歴史問題で日本に踏み絵を迫り、「日本より優位に立つための口実に過ぎない」(周辺)と首相が見切っていたフシがある。首相は周囲に「靖国で譲れば日中関係が円滑にいくなんて考えるのは間違いだ。靖国の後は教科書、尖閣諸島、石油ガス田…と次々に押し込んでくる」と漏らしており、中国に強い警戒感を抱いている。衆院議員初当選から三十年以上にわたり、ほぼ毎年、靖国参拝を続けている首相。愛読書の一つは、特攻で散った学徒兵の遺稿集『ああ同期の桜』であり、国会で「特攻隊の青年たちの気持ちに比べれば、こんな(首相としての)苦労は何でもない」(十三年五月の参院予算委員会)と述べたこともある。「本来、心の問題に他人が干渉すべきじゃない。ましてや外国政府が、日本人が日本人の戦没者に、あるいは世界の戦没者に哀悼の誠をささげるのを、いけないとか言う問題じゃない」首相は十七日夕、記者団にこう言い切った。日本の内政問題である靖国参拝に干渉してくる中国や韓国を強く牽制(けんせい)したのだ。中国は今年、王毅駐日大使らが、「日本の政界、財界、マスコミを回って参拝中止への協力を呼びかけた」(自民党幹部)とされる。この日の参拝は、大阪高裁が傍論で違憲判断を示したこともあり、神道色を薄めるため昇殿参拝は行わず、私費による献花料の支払いもしなかったが、参拝すること自体は譲らなかった。「(来年の参拝も)適切にこれからも判断していきたい」首相は来年、「公約」だった八月十五日の参拝を果たすのか。九月の自民党総裁任期切れを待ってから参拝するのか。首相は最近、「中国は、日本人の心の問題にまで踏み込んだことを後悔するだろう」と周囲に語っている。

私も、この参拝劇場を見せられたが、「ああ、無謀」と言わざるを得ない。小泉首相の「真意」も分からないではないが、郵政民営化法案にせよ、靖国参拝にせよ、どちらも国民の総意ではない。自民圧勝と言われた先の「郵政」総選挙で、議席に反映されなかった国民の声(死票)も、無視してはならない。実際は、郵政民営化も参拝も、それを認めるのは国民の半数にも満たなかったのだから。小泉首相は慎むべきであると申し上げたい。日本人の心の問題も、もちろん、大事である。しかし、同様に、中国や朝鮮などアジアの人びとの心も大事にすべきだ。このままでは、再び中国や朝鮮と戦火を交えることに、なりかねない。それが首相の真意かも知れないが、国民の大多数はそれを望んでいないはずだ。靖国神社は、過去の遺産として残してもいいが、国が護持していくべきものではない。策や奇襲で先勝しても、後の大敗は免れない。最後には玉砕しかなかったことを、忘れてはならない。特に戦後生まれの国民は、このことを肝に銘じておくべきである。小泉首相の上辺の言葉を、迂闊に信用してはならない。今まさにイラクに派遣されている自衛隊を、「特攻隊」にしないためにも。恒久の平和を念願する日本国民として、今こそ抗議の声を上げるべきだと思います。