二酔人四方山問答(18)

岩木 秀樹

B:小泉首相が靖国神社に行っちゃったね。

A:そうだね。非常に残念だし、怒りを覚えるよ。この前、朝鮮や中国で会った人たちや先生方がどのように思うかを考えるだけで気が重くなる。

B:でも保守の論者たちが「外圧に屈するな!」などと言っているよね。

A:その論は二重におかしいと思う。まず第一は、外圧ではなく、日本国憲法に違反しているということが大事だ。9月30日の大阪高裁の判決は、訴訟内容とは直接関係のない実質的傍論という形ではあるが、首相の靖国参拝は違憲という見解を出した。

B:そうだよね。「国が靖国神社を特別に支援している印象を与え、特定宗教を助長している」と述べていた。

A:第二におかしい点は、外圧だろうがなんだろうが、他人の意見には耳を傾ける、ましてや正論はそれを受け容れるということが大事だ。

B:そりゃそうだ。誰が言うのかよりも、言っている内容が大事だよね。

A:外国人が言っているからだめで、日本人ならOKというのは通らないと思う。それなら極論をすれば、外国人の生み出した学問・芸術などの 文化は受け入れないということなのか。そもそも、外交問題のあらゆる案件は、駆け引きや圧力などを駆使して行われる。靖国問題だけ外圧だと言うのはために する論議だと思う。

B:今回のことをテレビなどで見ていて、靖国問題をもっと勉強しなくてはいけないと思ったよ。

A:いい本があるよ。高橋哲哉さんの書いた『靖国問題』(ちくま新書、2005年)がまとまっているし、僕の考え方にも近くて、非常に説得的だった。

B:へー、どんなことが書いてあったの。

A:靖国神社は、大日本帝国の軍国主義の支柱であり、悲しみや痛みの共有といった追悼施設ではなく、戦死を賞賛し美化し功績とし、後に続く 模範とする顕彰施設であったということだ。高橋さんは、多くの人がA級戦犯合祀を問題にしているのに対して、それのみでは問題の矮小化だとして、靖国神社 そのものの存在自体を問うているんだ。

B:なるほどね。でもA級戦犯が分祀されれば、多少ともアジアの人々の印象も変わり、問題が沈静化するんじゃないかな。

A:それは多少あると思う。A級戦犯を分祀し、そしてさらに靖国神社とは別に無宗教の追悼施設を作るということは問題解決の一つの方法だと 思う。ただ、分祀された靖国神社に堂々と首相や天皇まで参拝することになるかもしれないし、無宗教の追悼施設が第二の靖国になるかもしれないと高橋さんは 危惧している。A級戦犯に戦争責任を負わせ、スケープゴートにすることによって、昭和天皇の責任を免責するという構図だ。

B:それはありうるね。もっと日本の近代史や天皇制、靖国神社そのものの問題点を掘り下げなくちゃ、根本的な解決にはならないね。

A:靖国神社は1869年に作られた東京招魂社が前身で、普通の神社とは異なり、単なる死者ではなく特殊な戦死者のみを祀る施設なんだ。

B:特殊な戦死者って。

A:敵の戦死者は言うまでもなく、味方の民間人も対象外で、さらには日本人の軍人の戦死者でも官軍でなければだめなんだ。だから徳川方についた「賊軍」は祀られなかった。 つまり天皇の軍隊についた戦死者のみ祀られることになったんだ。

B:でも、A級戦犯は戦死者ではないよね。

A:そうだ。A級戦犯のうち、絞首刑になった東条英機らと公判中に病死した者ら合計14名が1978年に合祀された。彼らは戦死者でないのに合祀されているのはとても不自然だ。何か意図を感じるね。

B:それに合祀されたくない人も合祀されていると聞いたことがあるよ。

A:その通り。旧植民地出身の遺族やクリスチャンから合祀取り下げ要求が出ている。その回答がまたすごい。池田権宮司は「天皇の意志により戦死者の合祀は行われたのであり、遺族の意志にかかわりなく行われたのであるから抹消することはできない」と言ったそうだよ。

B:そもそも靖国神社が宣伝している歴史観がまたものすごいらしいね。

A:そうなんだ。『靖国神社忠魂史』にはアジア太平洋戦争などの戦争の歴史が「聖戦」の立場から記述されている。また靖国神社の展示施設である遊就館には、あの戦争を「自存自衛のための戦争」として過去を正当化している。

B:それって現在の話。戦前の話じゃないの。

A:今現在、靖国神社が言っていることだよ。

B:そんなこと、最近の保守の政治家でもあまり言わないよ。

A:そのような神社に行くということ自体、ましてや一国の首相が行くということがどんなに大きな問題であるかということだ。このまま行くと、日本とアジア諸国のナショナリズムが沸き立ち、どちらにもいる穏健派の言論が抹殺されかねない。

B:でもそれが目的だったりして。

A:大いにあり得る。しかし僕らは靖国や日本の近代史をきちんと見つめながら、顕彰施設でなく、敵も民間人も含めた追悼施設を作るとともに、日本国憲法に書かれた戦争放棄や軍事力の廃棄を目指すことがこの問題の解決になると思う。