会社とサラリーマンはどのように変わったのか

わたなべ ひろし

ビジネスセミナーで、渋谷109に出店しているブランドショプの社長の話しを聞いたことがある。このショプの売り上げは当時とても好調ということで、セミナー参加者がそのあたりのことを質問したところ、その社長さんは大要次のように答えていた。

「私どもはマーケティングの類は一切行なっておりません。そんなことをしなくても、お店のある渋谷109周辺を毎日観察しておれば、お客様(10代後半~20代前半の女性)の間で何が流行っているかすぐわかります。当方はその流行に合わせて商品を作れば良いわけで、私ども独特のデザインを開発して流行を生み出すなどというつもりは、最初から持っておりません。」

今の日本企業における人の採用のスタンスも、このブランドショップの商品開発のスタンスとよく似ている。つまり、すでに技術や営業先(顧客)を持っている「即戦力」、ということはつまり他社が育てた「人材」を中途採用や派遣社員で採用し、賞味期限が切れたらそれでおしまい。この就職難、替わりはいくらでも労働市場から調達できる。自社で人を育てるという意識など最初から持っていない。

僕がサラリーマンになった1990年頃の会社は、こんな感じではなかった。

その頃、仕事で50人ぐらいのサラリーマンにインタビューをして歩いたことがあった。1990年頃といえば、いまだ「バブル経済」華やかなりし頃で、「世界に冠たる日本企業の生産性の良さ」といった神話がまことしやかに流布していた。しかし実際企業の現場で数多くのサラリーマンに会って話しをきいてみると、いかに企業内の仕事量というものが、不均等に配分されているかということを痛感したのをおぼえている。会社の要所要所で、自分の仕事とはあまり関係ないような、しかしその会社にとっては間違いなく必要な仕事を、それこそ身を粉にして「勝手に」やっている一部の社員がいるからこそ、「世界に冠たる日本企業の生産性の良さ」などというものが成り立っているのだということを、そのとき知った。

しかし2005年の現在、会社というものも変わった。身を粉にして働いている人は以前よりも増えたかもしれないが、それはあくまでも自分の数字のためだけである。

だいたいサラリーマンの「仕事」などというものは、最終的には売上金額という数字に換算されて評価されるわけであるが、そこに至る過程は、そりゃもう多種多様さまざまなレベルの雑務の複合体であり、期限と予算があるから完了しているようなものの、完璧な「終了」などというものはなく、当人が何を自分の「仕事」として了解するか、その内容で個々人の仕事は量的にも質的にも全く異なってくるのである。

各自が自分の目先の数字が上がる仕事しかしない、そういう社員だけの会社・組織などというものが果たして成立するものなのかどうか。

この15年間で、解雇(辞職)に対するハードルは、企業慣例・企業風土の面でも、法的・制度的にも、個々人の意識の上でも、極めて低くなった。本当に会社は「簡単に」人を辞めさせるようになった。また社員の方も簡単に辞めるようになった。どうせ辞めるのならば、何も人の仕事まで背負い込んでやっていられるかと思うのはしょうがないことなのであろう。しかしそういう働き方では、仕事というものが本来持っている自分の人生に対する意味、とでもいったものは細るばかりである。

給与労働者、いわゆる月給取りというのは、労働人口の8割を占めている。僕が就職した頃は、何か他によっぽどやりたいということがなければ、とりあえず皆サラリーマンになったのである。しかし今の時代、なりたい人が「努力と才能」の結果初めてなれるものに、サラリーマンが変わったということなのであろう。これって、当り前といえば当り前のことではある。日本のサラリーマンも、ようやく「真っ当な仕事」になっただけのことなのだろう。それはそれで良い。しかしそれでは、サラリーマンになれなかった人間、努力したが追いつかなかった人間は、どうすればよいのであろうか。それは100%その個人の問題ということで構わないのであろうか。

「自己の完成をあせる人間は、他人の人生には冷淡である。」これは中国文学者の吉川幸次郎さんの言葉である。