エッセイ15 労働の量と質に応じた分配

木村 英亮

日本は国民中流階級で、貧富の差が少ない。もっと、努力するものが報いられるようにしなくては、発展がない。競争原理を導入し、実力社会にしなくて はならない、といわれている。官庁の給与体系は、年功制になっているし、会社でも長く働いていると、上がっていくようになっていた。アメリカは、非常に競争が激しく、それが発展の原動力になってきた。わたしは、競争によって実力と努力にみあった報酬をうるという考え方には賛成であるが、その差があまり大きくならないようにすべきであると思う。 人間には生まれつきの能力の差というものもあり、それによって一生の収入が決まってしまうのは公正ではないように思う。また、身障者は、大きなハンディを負っている。

社会主義時代のソ連では、賃金は

  1. 労働の量(継続時間、強度、緊張度をふくむ)、
  2. 労働の苦痛度(エネルギー消費が多いのでその補填、人の嫌がる職場に労働力供給を確保するため)、
  3. 複雑度(熟練、資格の向上のための刺激)、
  4. 国民経済的重要度(重要産業への優良労働力の確保)、
  5. 地域手当(労働力の維持・再生産費の差異の補填、たとえば寒冷地の暖房費など)

を総合して定められていた。5を除き、同一労働は同一賃金である。共産主義社会にいたれば、能力に応じて働き、必要に応じて受け取るとなるが、社会主義の段階では、労働に応じて受け取る。ただし、社会主義の段階でも、医療、教育、食糧は保障される。