報告要旨「1930年代における平和主義 ―アインシュタインとロマン・ロラン―」

遠藤 美純

平和主義が反って戦争の危機をもたらすとの論がある。こういった論には特に戦間期の平和主義がナチスの台頭を許し、第二次大戦の勃発を促したと主張するものもある。2005年3月に山梨県石和で行なわれた本研究所の研究合宿で、私はこういった論に妥当性があるのか、また当時の平和主義がいかなるものであったのかを副題にあげた二人を中心に報告した。

まず戦間期の平和主義がナチスの台頭や第二次大戦の勃発を促したとの論についてであるが、こういった論がしばしば言及するチャーチルによる同様の発言なるものについては、発言そのものと、その取り上げられ方の問題点を指摘した。さらに、平和主義は現実の政策としては宥和政策として展開したが、これについてもさまざまな評価があることについて触れた。ナチスの台頭や第二次大戦勃発の諸要因を単純化し、その主たる要因を平和主義に求めてよしとすることは安易に過ぎる。

また、いわゆる平和主義の内実は多様であった。第一次大戦の記憶による戦争への恐怖はもちろんのことではあるが、反ソ・反共主義、階級闘争の観点、敗北主義、ヴェルサイユ条約に対する罪悪感といったさまざまな要因から、人々は平和主義へと至ったのである。人々が平和主義へと至る理由も、平和主義者を取り巻く状況も一様ではなかった。

その上で、本報告では1930年代の平和主義者として副題にあげたロマン・ロランとアインシュタインについて論及した。二人はそれぞれの分野で多大な功績を立てながらも、第一次大戦にも反対した数少ない知識人であったからである。さらに戦間期のアインシュタインの徴兵拒否運動、ロマン・ロランの戦いを超越した普遍的立場の追求は、多くの共感と支持者を得ていた。本報告では主に、ナチスの台頭により迫る戦争の脅威を目前として、二人が苦悩と逡巡を経て、非暴力闘争からナチスへの対抗へとその基軸を転換していく過程を追った。なお、質疑応答の際、当時が狂気の時代であったことは考慮されなければならないとのご指摘をいただいた。これまでの、そして現時点での平和主義の歩みを考える上でも、苦渋という言葉の重みについては十分な配慮が必要であろう。

「辛抱をして、未来を信じているほかありません。……人間はカタツムリのような歩きかたをするのですから(ザリガニのように後ずさりをしているのでなければそれでいいのです。)『それでもそれは動いている。』」

ロラン、蛯原徳夫訳「エリー・ワラック宛ての書簡 1941/2/12」『ロマン・ロラン全集 36』みすず書房、1979年、539頁。

平和主義者の苦悩と逡巡の重みには、平和を導く可能性と意義が認められるべきである。しかし、その上で、苦悩を経て選ばれる選択肢に相違があることこそ、今の私たちに課せられた問題なのであろう。