有事法制を考える

岩木 秀樹

現在、有事関連三法案(武力攻撃事態法案、自衛隊法改正案、安全保障会議設置法改正案)が衆議院を通過しようとしている。多少の修正はあったが、根本的問題は解決されていない。

有事とは戦時であり、有事法制の整備とは戦争のできる国作りのことである。戦時体制下において、国民の安全・自由を守るものではなく、むしろ制限し、自衛隊と米軍を円滑に運用し、戦いやすい状況を作り出すものである。日本国憲法における武力行使の放棄や平和主義に反するのはもちろんのこと、基本的人権の尊重や国民主権にも大きな制約を加えるものである。

そもそも有事法制が本当に必要なのかを問わなくてはならない。日本が武力攻撃を受けるような事態は、外交の失敗を意味し、あってはならないことである。「有事法制を整えておくことは法治国家として当然のことだ」との議論があるが、それではなぜ今までほっておいたのか。当然の義務を怠った政治の責任は重く、今になってその論法を振りかざすのは自己欺瞞に満ちている。「冷戦崩壊後はテロの多発などで状況が変わった」という言い方もされるが、いつの時代でも脅威は喧伝されていたのであり、状況は関係ないのである。

さらに今回の法案は冷戦崩壊後の状況に対応しておらず、時代錯誤ですらある。陣地を築いて防御するということは地上戦を戦うということであり、これがどのようなことを意味しているのかは、沖縄での地上戦の犠牲を見れば明らかであろう。日本は人口密度が高く、資源に乏しく、多くの原子炉を抱える国である。到底戦争を前提にしては存在できる国ではない。戦争になると、死体の埋葬が間に合わないので、墓地以外でも埋めたり火葬できるようにするこの法案は地獄の法律であり、そのような状態はすでに破滅的であり、絶対に起こしてはならない。大量の人が亡くなった後に、どうやってまたどこで焼くかを規定する法案は、悲惨を通り越して、ブラック・ユーモアになってしまう。このようなことを前提に考えるのが、武と軍の論理である。

「有事法制は自衛隊が勝手に行動することを防ぐためのものである」との主張は、つまり現行の自衛隊法では自衛隊は何をするか解らないということである。そのようなシビリアンコントロールされていない軍隊は即刻無くすべきである。

有事法制が軍の超法規的行動を防ぐということも疑問である。有事法制が整備された戦前の日本の行きついた先は、焼け野原と多大な民衆の犠牲であった。現在でも強力な有事法制をもつ国が民主的である例は少ない。個人や企業、地方公共団体の権利や自由を奪うのがこの法案である。軍隊に超法規的行動をとらせないために、国民に対して超法規的措置を強要するのは矛盾もはなはだしい。

「公共の福祉のために、自由は制限される」との議論はすり替えである。「戦争は公共の福祉であり、従って自由や権利は制限され、戦争協力の義務を押しつけ、逆らえば投獄される。」この論理は真に国民の生命と財産を守るものではない。武力行使を放棄した日本国憲法において、公共の福祉のなかには戦争は当然含まれていない。

「もし敵が攻めてきたら」との言説そのものが、自己中心的発想である。日本が攻めてくると想定しているのは、アジアの諸国である。しかしかつて日本はそこを侵略したのである。むしろアジア諸国の方が、日本がアメリカと協力して再び介入してくるのではないかと危惧するのは当然であろう。冷戦崩壊後の日本では、周辺事態法、新ガイドライン関連法、テロ対策特措法等が作られ、戦時体制の整備が進められてきた。さらに歴史認識問題、靖国公式参拝、国旗国歌法など国家主義的傾向が強まっている。アジア諸国が日本に対して不信感を抱くのもうなずける。

さらに政府答弁ですら、外国軍が日本に対して侵略することは想定できないとしている。不審船は海上保安庁が行う国境警備問題であり、拉致は外務省と警察が対応すべきであり、「テロ」は警察が行うべき治安維持の問題である。このような問題と軍事組織が対応すべき有事とを混同すべきではない。

未だに「戸締まり論」や「もし誰々が攻めてきたら」ということが言われるが、多くは具体的な状況判断を前提としていない空論が多い。そもそも家庭における戸締まりとのアナロジーは、国家におけるパスポートコントロールや税関である。家庭において外敵からの攻撃を防ぐためにピストルや刀を日本ではもたないのと同様に、国家においても対外的に友好関係を築いていけば、過度な武力は不必要である。

「備えあれば憂いなし」との陳腐なスローガンは、暴力を基準にした考えである。備えが充実していれば安全であるとは言えない。世界第一の軍事力を持ったアメリカでさえ、9・11事件において経済と軍事のシンボルが破壊され、多くの人が亡くなったのである。合理的な理由もなく軍事的な備えをすれば、むしろ周辺の警戒や不信が高まり、憂いを招くこともある。憂いを招かないためには、軍事的備えではなく、様々な平和的備えが必要である。

今回の有事法制は対米支援のための基盤整備でもある。これができれば、米国の単独主義的な先制攻撃に日本も巻き込まれ、自衛隊だけでなく自治体や企業、国民も総動員される。まさに自衛隊と米軍に超法規的特権を与えるとともに、米国の戦争に協力させるために国民の権利を制限し、罰則つきで戦争協力を強制するものである。さらに自衛隊の海外での武力行使を合法化し、集団的自衛権まで踏み込むものである。

このように多くの点で問題のある有事法制は、大多数の国民が納得できるものとはなっていない。国家の根幹にかかわる安全保障問題であり、憲法にも抵触することが明らかであるので、今回の有事関連三法案は廃案もしくは凍結をし、さらなる国民的な論議が必要であろう。