エッセイ17 だまされる方の責任

木村 英亮

敗戦後、多くの人が政府にだまされたと言っていた。しかし、たやすくだまされてしまった方にも責任がある。戦争中、日本の新聞報道は、1941年3月の国家総動員法、国防保安法、治安維持法改正、12月の言論出版集会結社等臨時取締法などに よって統制されていた。43年2月2日の『朝日新聞』によれば、東条英機首相は2月1日の貴族院本会議で、「戦況等に関して帝国の大本営発表がいかに正確 無比であるかはこれは世界に周知のことである」と答弁している。当時戦局の悪化とともに検閲はいっそう厳しくなっていた。

それでも、たとえば朝鮮人の大部分は、もっと厳しい条件の下にあったが、すこしもだまされていなかった。

また、新聞報道にもまったく真実がなかったわけではない。1943年1月2月の『朝日新聞』『毎日新聞』を読んで、終盤のスターリング ラード戦がどのように報道されているか調べてみたことがある。日本はドイツとは同盟関係にあったとはいえ、ソ連と中立条約を結んでいたので、一貫した検閲 方針がとりえなかった。解説記事には、欧米の論調をふまえた、高い水準のものもある。これらの記事を読んでいれば、戦局の帰趨を予測することは、それほど 困難でなかったはずである。

スターリングラード戦でのドイツの敗北は、第二次世界大戦全体の根本的転換点の始まりを画した。この後2年、日本とドイツは、急坂をころげ落ちるように敗戦にいたる。1945年8月15日まで、どうして正気を回復しなかったのか、不思議なことである。

徒然草』第194段に次のような文章がある。

「達人の人を見る眼は、少しも誤る所あるべからず。・・・愚者の中の戯だに、知りたる人の前にては、このさまざまの得たる所、詞にても顔にても、かくれなく知られぬべし。まして、あきらかならん人の、まどえる我等を見んこと、掌の上の物を見んが如し。」

このような眼をもちたいものである。