自衛隊はイラクからただちに引き揚げよ! ―3人の日本人の拘束・解放事件に寄せて―

中西 治

2004年4月8日夜に高遠菜穂子さん、郡山総一郎さん、今井紀明さんの3人の日本人が「サラヤ・アル・ムジャヒディン(神の兵士旅団)」と称する人々によってイラクで拘束され、日本政府が自衛隊を3日以内にイラクから撤退させなければ3人を殺すと声明したという報道が伝えられました。その後、4月11日早朝に3人が解放されることになりました。

ひと安心です。しかし、これで事件が終わったわけではありません。そこでこの機会にこの問題をめぐって表明された幾つかの意見について私の考えを述べたいと思います。

第一は3人の日本人が現に戦争がおこなわれているイラクに行ったことの是非についてです。私は戦争が起これば逃げよと学生に教えています。危険なところには身を置くなと言っています。君子危うきに近寄らずです。しかし、どうしても行かなければならないとしたら、また、どうしても行きたいのであるならば、自分の責任で行けと言っています。

私も何度も外国に行っていますが、危ないと思うときには行きません。大丈夫だと思って行っても外国では何が起こるか分かりません。だから、私は無事日本に帰ってきたときにはいつも自分の幸運について天に感謝しています。

3人の日本人はイラクの戦争を甘く見ていたと思います。3人の方はいずれもイラク戦争に反対で自衛隊のイラク派遣にも反対のようです。だから、自分たちは大丈夫だと思っていたのでしょう。しかし、日本が自衛隊のイラク派遣を決めた瞬間からアメリカの占領に反対しているイラク人にとっては私も含めて日本人はみんなアメリカの侵略の片棒を担ぐ敵なのです。しかも、自衛隊が現実に武装してイラクに行き、イラクの土地に陣取ったとき、それは紛れもなく占領軍なのです。わずかばかりの水を供給し、人道的な復興支援のために来たといっても、それが占領を覆い隠す美辞麗句であることはすぐに見抜かれるのです。

私はテレビで高遠さんのこれまでの活動を垣間見て、この人はイラクの子供の味方であり、この人を殺してはならないという声がイラク人のなかからあがることを期待していました。日本からもそのような声があがり始めていました。私もこの3人の日本人はイラク人の味方だ、この人々を殺してはならないの声をあげようと思っていました。私は3人を拘束した人々もそのことが分かったから解放することになったのだと思います。

人間は平素の行動が大切です。とくに外国に行くときにはその地の人々を、それがいかなる人であっても人間として尊敬し、敬意をもって接することが必要です。第二次大戦が日本の敗北で終わったとき日本が占領したり、日本が植民地にしていたところで占領者・支配者であった日本人に対する報復が起こりました。そのときでもその地の人々と親しく交わっていた日本人には、この人は他の日本人とは違うのだ、この人は自分たちの味方であった、といって守ってくれる現地の人がいたのです。

第二は自衛隊のイラクからの撤退はテロに屈服したことになるからしてはならないという意見です。こうした論を主張する人はアメリカがイラクに対する戦争で多くの無辜のイラク人を殺していることについては口を噤みながら、無辜の民を殺すテロはけしからんといっています。おそらくこれらの人々は今回の結末はテロに屈服しなかった成果であると主張するでしょう。

私もいかなる理由があっても人を殺すことには反対ですし、とくに関係のない人を殺すテロには反対です。それと同時に私はもっとたくさんの関係のない人を殺す戦争に反対です。いまのイラクはアメリカがイラク人の選挙によって選ばれたフセイン政権を武力で潰し、占領支配している状態です。現在イラク人の政府はありません。このような状態に対してイラクの多くの人が反対してたたかっているのです。これはアメリカをはじめとする占領軍とそれに反対するイラク人とのあいだの戦争です。

戦争はテロの国営化ですが、テロは戦争の民営化です。いずれも悪なのです。しかし、先に戦争を始めた方がより悪いのです。

小泉内閣は3人の日本人の命がかかっていたにもかかわらず即座にイラクからの自衛隊の撤退を拒否しました。3人の日本人の命よりもイラクに対する「人道援助」の方が重要だったのです。これに対して3人を拘束した集団は面目を失ってでも3人の解放を決定しました。どちらが3人の日本人の命を大切にしたのでしょうか。

第三はイラク戦争はこれからどのようになるのかです。私はアメリカはいずれ近いうちにイラクから追い出されるだろうと考えています。日本の自衛隊もイラク人から追い出されることになるでしょう。

2001年9月11日事件の直後にアメリカの外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』2001年11ー12月号に1986年から1989年にかけてアメリカ中央情報局(CIA)のパキスタン支局長を勤めたミルトン・ベアディンが「アフガ二スタン、諸帝国の墓場」と題する論文を寄稿し、西暦紀元前(B.C.)4世紀のギリシャのマケドニア王国のアレキサンダー大帝がB.C.334年に東征を開始し、インドに及ぶ広大な領域を支配下に収めたが、最後はB.C.323年に現在のイラクの首都バグダット近くのバビロンの地で没したごとくアフガニスタンを中心とする地域がアレキサンダ−大帝の帝国の墓場となったことを指摘し、それ以後ジンギスカン、ムガール帝国を経て19世紀の大英帝国、さらに20世紀のソヴェトに至るまでの諸帝国の墓場となったことを強調しています。

イギリスは第一次大戦後オスマン帝国に代わってパレスチナ地域を委任統治しましたが、アラブ人とユダヤ人の抵抗と両者のあいだの紛争に手を焼き、最後には治安確保のための軍隊の維持費も出せなくなって投げ出し、中近東地域から追い出されました。私はアメリカもイギリスと同じような運命をたどるだろうと思っています。すでにアメリカ国内でもイラクからの撤退論が出始めています。

小泉首相はたしかに傲慢です。テロに屈するとか屈しないとかといった面子論ではなく、このさい謙虚に冷静に現在のイラクの情勢とアメリカの国内状況などを勘案し、イラクから自衛隊をただちに引き揚げればよいと思います。小泉さんはアメリカへの義理立てはもう十分以上に果たしたのですから。それとももっともっと大きな問題が生じなければ踏み切れないのでしょうか。