各々其ノ処ヲ得

わたなべ ひろし

インドの詩人であるタゴール(1861~1941年)が、明治以来の日本の国づくり、「欧米化」は非常に短期間で無駄なく実現された、それは我がインドでは考えられないほどに効率的なものであった、というようなことをどこかで述べていた。タゴールはそのことを賞賛や羨望からではなく、よくそこまで自分を無くして欧米化のために国民こぞって一致団結できるものだという驚き半分、批判半分のニュアンスで、確か言っていた言葉だったと思う。

米国の文化人類学者であるルース・ベネディクトの日本研究『菊と刀』(1946年)の中に、「各々其ノ処ヲ得」という一章がある。これは、日本がドイツ・イタリアと三国同盟を結んだ条約の前文や、真珠湾攻撃当日の米国に対する声明書の中に出てくる言葉だということで、本書では「各人が自分にふさわしい位置を占める」という訳があてられている。

ベネディクトによれば、日本人は国際社会というものを「階層制のピラミッド」として認識しており、このことを前提として、そのピラミッドの中で「ふさわしい位置を占める」こと、つまり「日本を世界列強の間に伍して重きをなす国にする」ということを、「一つの事業」として推進することが、明治維新以来の目標であったという。それでは、そもそもなぜ日本人が国際社会を「階層制のピラミッド」と認識したのかといえば、日本社会そのものが「下は賤民から上は天皇にいたるまで、まことに明確に規定された」「地図のような」階層ピラミッド社会なのであり、その中で自分にふさわしい場所を占めるという行動規範が、もともと日本人の中に根付いていて、それを国際社会を認識する際にも当てはめたためだと彼女は述べている。

日本の明治期は世界史的には帝国主義の時代であり、日本のこのような国際社会認識をリアルなものとするだけのパワーポリティックス優位の背景が、国際社会の側にもあった。それ故我が大日本帝国は、タゴールが言うように、後発ながら非欧米国として初めて「世界列強の間に伍して重きをなす国」へと成り上がることができたのである。

しかし、明治の日本をそこまで押し上げた国際社会認識が、今度は昭和の日本を破滅に追いやることになってしまった。なぜなら、世紀が20世紀へとかわり、人類、特に19世紀被植民地の立場にあった地域の人々の意識は成長し、かつて日本を列強の一国として押し上げた国際社会観が、実際の国際関係の上ではもはや通用しなくなっていたからである。

それでは今の日本人にとって、国際社会はどのようなものとして認識されているのであろうか。それは、ベネディクトの伝で言えば、今の自分たちの社会を日本人がどのように認識しているのかということでもある。僕はそれは「大勢(たいせい)につく」ということであると思う。当コラムで今井康英さんが紹介していた、ブッシュ米大統領と小泉首相との会談内容などはその端的な例であろう。あれを読んで、「ナショナリスト」である僕などは全く情けなくなった。あれではまるで、オーナー社長に平身低頭で業務報告をする支店長そのものではないか。

しかし日本の首相が米国の大統領にあのような「媚態」を露骨に示すことを許容する傾向が、日本の国民意識の中に強くなってきているということなのであろう。米国の庇護無くして、なんで日本が国際社会の中で立ち行くことができるのかというわけである。

こう考える人たちは、今の国際社会というものを、グローバリゼーション=米国の一国支配が貫徹している「階層制のピラミッド」として認識し、その「勝ち組み」である米国と一体化することで、初めて自分たちも国際社会の中で「ふさわしい位置を占める」ことができると思い込んでいるに違いない。そしてこのような考え方を駆動しているのは、自分たちは国際社会における下の階層、「負け組み」に落ちたくないという強迫観念である。

「ふさわしい位置を占める」という言葉から僕がまず思い出すのは、日本国憲法の前文、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」である。ここで表明されている国際社会に対する認識こそ、日本が依拠すべき「大勢」であると僕は考える。