二酔人四方山問答(23)

岩木 秀樹

B:イスラームの創唱者のムハンマドはちょっと前にはマホメットと言われていたよね。

A:そうだね。学校の教科書にもマホメットと書かれていた。これも相手のことを知らなかったり、欧米の受け売りが原因だ。

B:え、どういうこと。

A:アラビア語読みではムハンマド、オスマン帝国時代にトルコ語になまってメフメット、 それがヨーロッパに入ってさらになまってマホメットになり、それを日本が輸入したんだ。

B:なるほど。他者認識の甘さから由来する、一種のオリエンタリズムとも言えるかもね。

A:そうだ。最近はできるだけ当該地域での呼称を使うようになってきている。コーランはクルアーン、メッカはマッカのように。

B:そういえば、前にマホメット教という言い方を聞いたことがあるけれど、あれもおかしな言い方なの。

A:明らかにヨーロッパ人の自己認識を他者認識に投影した結果だ。

B:んー。よくわからないよ。

A:キリスト教では三位一体でキリストも神なので、イスラームもムハンマドが開いた宗教であるから神であろうと勝手に思いこみ、マホメット教と呼んだんだ。しかしムハンマドには何ら神性はなく、コーランにも、ムハンマドは市場を歩く普通の人間といった表現もある。

B:そうなんだ。日本は何も考えず、欧米の間違った知識を受け入れてきたんだ。

A:最近はずいぶん修正されてきているけれどね。ところでイスラームという言い方もずいぶん論争されているよ。

B:そういえば、前はイスラム教という言い方の方が多かったように思う。

A:そう。でも最近は「ラ」の後にアラビア語の長音記号があるので、現地語読みに忠実にということでイスラームになった。

B:イスラム教の「教」が無くなったのはどういうことなの。

A:ふたつの要因が考えられる。一つはイスラームの意味は絶対帰依という意味で、すでにイスラームの中に宗教という意味が内包されているか らだ。二つ目はイスラームは単なる宗教にとどまらず、生活や政治、経済などを包含するものだからだ。これを指してイスラームをトータル・システムと言う人 もいる。ただこの二つの要因はやや矛盾するけどね。

B:確かにイスラームは宗教と政治などを分割して考えないと聞いたことがあるし、それを理由に欧米はイスラームを世俗化していない前近代的国家だと批判している。

A:そうだね。欧米の価値観からするとそうなるね。政治の世界においてとりあえず宗教をかっこに入れるという考えは、17世紀のヨーロッパを血に染めた30年戦争などが影響している。

B:宗教戦争をし続けると、ヨーロッパが殲滅してしまうのではないかと考え、ウェストファリアの主権国家システムを作ったんだよね。

A:そう。宗教と政治を分け、領域内においては教会などではなく国家のみが最高の権力つまり主権を有するということだ。当時のヨーロッパにおいてはこのシステムはある程度機能したように思う。

B:でも当のヨーロッパは現在ではこの主権国家システムを脱して、EUを作っているよね。

A:そうだ。ヨーロッパにおいてすらも、この近代西欧国際体系が機能しないということがわかってきた。いわんやヨーロッパ以外にこのシステ ムを押しつけることにより、全世界で大きな問題になり、紛争の原因にもなっている。中東など、民族や宗教が多様でモザイク状況になっている地域は特にそう だ。