フルシチョフ時代再考 (PDF)
中西 治 (2005年6月27日 15時07分)
本論文は1953年3月5日のスターリンの死から1964年10月14日にフルシチョフがソヴェトの最高指導者の地位から解任されるまでの11年余の「フルシチョフ時代」を再検討しようとするものである。
筆者はかつて1960年代から1970年代にかけてこの時期のソヴェトの政治・外交・社会の諸問題について多くの論文を発表した。しかし、1985年3月11日のゴルバチョフの登場以後この時期の重要問題についての資料がロシアでも公刊されるようになり、1991年12月25日のソヴェト同盟解体以後はそれがいっそう増えている。2003年にはこの時期のソヴェトの最高指導機関であったソヴェト同盟共産党中央委員会幹部会の議事録がモスクワで出版されはじめた。
そこでこの機会に改めてこれらの新しい資料にもとづいてこの時期を考え直してみたい。本論文ではこの時期全体を通史的に再検討するのではなく、論議の的となってきた幾つかの問題を取り上げて論ずることにする。
第一はこの時期の出発点となったスターリンの死についてである。スターリンは本当に病気で死んだのか、それとも殺されたのか。まず、この問題から始めよう……
本論文はPDFファイルで閲覧可能です。
- フルシチョフ時代再考 (1) 「スターリンは病気で死んだのか、殺されたのか」
- フルシチョフ時代再考 (2) 「ベリヤはなぜ追放されたのか」
- フルシチョフ時代再考 (3) 「ロシアのユダヤ人とイスラエルの建国」
- フルシチョフ時代再考 (4) 「イスラエル国家の創設とモロトフ、スターリン」
- フルシチョフ時代再考 (5) 「戦後冷戦の起源とトルーマン、チャーチル、スターリン」
- フルシチョフ時代再考 (6) 「戦時同盟から戦後冷戦へ」
- フルシチョフ時代再考 (7) 「ドイツ問題とスターリン、モロトフ、ベリヤ」
- フルシチョフ時代再考 (8) 「蒋介石・毛沢東・金日成とスターリン」
- フルシチョフ時代再考 (9) 「朝鮮戦争の拡大と休戦」
