外来と伝統

わたなべ ひろし

近代における欧米の所産である「民主主義」というものは、欧米社会自身が近代国家を建設する上で自分たちの理念としたというばかりではなく、外へ向けてのひとつの発信でもあった。そしてその発信に呼応して、非欧米地域を含め、世界中からの返信がなされてきた。例えば中国の革命がそうであろう、ヴェトナム戦争がそうであろう、旧植民地の独立がそうであろう。

その結果、欧米諸国は、自分たちが創り出し、自分たちのものであると考えていた「民主主義」というものが、ある意味非常に発展というか、成長した姿を目の当たりにすることになる。「なるほど。我々の民主主義というものは、このような潜在力、可能性を持っていたものであったのか」という具合に。そしてそのことをもって、欧米諸国自身もまた自分たちの「民主主義」というものを、改めて問い直すことになる。

ただその際、返信をする側も、外来のものである「民主主義」の理解を全くの真空状態から始めるわけではないだろう。「欧米のこの考えは、我々のことばでいうと何に当たるのだろうか?」という具合に、その外来物に対する自身の理解を固めていくはずである(と思う)。そしてそこから自分たちの歴史や伝統に対する再認識も生まれてこよう。ここに良い意味でも悪い意味でも「伝統」と「外来」の結びつく背景がある。

コミュニケーションというものの核心は、「自分が相手に向けたことばが、その相手を通して自分に投げ返されてくるとき、それはより深い新たな真実をはらんで返ってくるという点」(岡本夏木)にある。そして「民主主義」を介した世界的な発信と応答の歴史は、まさにこのコミュニケーションの核心を地でいったものであった。このように人類は相互に影響し合いながら、「民主主義」というものを共通の財産として発展させてきたのである。

そして日本の近・現代史もまた、欧米諸国の発したことばの束(=文明)に対する呼応のひとつであった。日本は近代化=欧米化を国家的指針とし、その観点から欧米のあらゆる文物を精査すべき対象として吟味してきた。後追いするものが先行者に倣おうとする場合、先行者の有する特徴・本質を純粋化、あるいは極端化することで効率的に理解なり、受容しようとするものであり、日本の場合はその典型であった。つまり日本に入って来る欧米の文物は、いかなるものも純粋化、極端化を通って認識されることになる。

小西豊治『憲法「押しつけ」論の幻』を読んで、僕は今述べてきたようなことを考えた。小西さんは、日本政治思想史・日本法制史、特に自由民権期の憲法構想研究の専門家であり、そんな著者が「現行憲法を見れば見るほど、自由民権期憲法構想の精髄が表現されているように思えてならないのだが、誰も言おうとしないのが、不思議でならなかった」として、6~7年かけて著したのが本書であるという。

この本の中に次のような場面が出てくる。

「ノルマン氏が総司令部の人たちから「日本に民主主義的な伝統があったのか。」と聞かれたので、「あつた、植木枝盛という人がいた。ミスター鈴木はそれを研究している。」ということを彼らにすでに教えていたわけです。」(pp. 106~107)

「ノルマン氏」というのは、カナダ人の日本研究者であるハーバート・ノーマン(1909~57年)のことである。彼は当時カナダ外務省から少佐待遇で総司令部に派遣されていて、マッカーサーの信任も厚かったという。また「ミスター鈴木」というのは、大日本帝国憲法の成立史、特に自由民権期の私義憲法案の研究者(つまり小西さんの専門と一緒ということになる)鈴木安蔵(1904~83)のことで、当時彼は民間の「憲法研究会」に参加し、憲法草案の作成に励んでいた。そして鈴木が草案作成に際して依拠していたのが、自由民権運動期の私議憲法、なかでも植木枝盛の「日本国国憲案」であった。植木の「国憲案」は非常にラディカルなもので、その特徴はフランスに学んだ主権在民と人権保障の徹底であり、革命権や国籍離脱の自由まであったという。

ここから分ることは、当時の占領軍は自分たちの民主主義を被占領国である日本に一方的に押しつけるのではなく、日本に民主主義的伝統が存在するのであれば、それに根ざしたものを作ろうとしていたということである。そしてそのような意志があったが故に、ノーマンを介して鈴木安蔵の憲法草案と植木枝盛と彼を生み出した自由民権運動という日本の「民主主義的伝統」に辿り着くことができたのである。

ところで小西さんが本書を書くに当たって、もうひとつ別の裏テーマ(?)があったような気がする。それは「イラク戦争」である。

小西さんによれば、ブッシュ米大統領がイラク戦争に踏み切った理由として「イラクへの武力制裁」と「イラクの民主化」の2つがあり、「イラクの民主化」実現の裏づけとして、「第二次大戦後、ファシズム日本がデモクラシー国に生まれ変わったという成功体験がある」のだという。そして同じ戦後占領でもイラクの民主化は上手くいかず、日本の民主化は成功するに到ったその理由を、日本の民主化の成功には日本の近現代史に通暁したノーマンの存在が大きく、現在のイラン占領軍の中にはノーマンのような存在がいないためであると著者は述べている。

小西さんの言うように、確かにノーマンの不在ということは大きいと思う。しかしそれはイラク占領が上手くいかない原因なのではなく、現在のような占領政策からくる当然の結果なのだ。それは、はなからノーマンの存在など必要としてはいない。

僕は現在のイラクにも鈴木安蔵や植木枝盛はいると思うし、「民主主義的伝統」(それは形は違うかもしれないが)は存在していると思う。問題なのは、「イラクに民主主義的な伝統があったのか。」と真摯に問う人間が、占領軍(つまり僕たち)の側にいないということなのである。そしてそれは、自分たちの「自由主義」や「民主主義」は絶対に正しいものとして、一方的にイラクに「押しつけ」ようとしている、今の占領軍(つまり僕たち)の閉じられた思考に原因している。そこでは自分で発している言葉に対する自省というものが決定的に欠落しているのである。

自分たちが呼号している「自由」や「平和」や「民主主義」ということばそのものを見つめ直してみることが、今必要なときなのである。そうすればイラクの人たちの声も聞こえてくるようになるのだろう。