エッセイ 26 人材について

木村 英亮

人はそれぞれ得意なところ、才能をもっている。各人が才能をもっとも発揮できるような 社会では、人々は幸せであるし、また社会全体としても平和に発展するはずである。

奴隷制や封建制の下では、生れながらの身分、仕事が決まっていて、やりたいこと 得意なことを選べない。そこでは多くの才能が生かされることなく埋もれたままとなる。 それに対し、資本主義の下では、生まれに関係なく、自由に職業を選べる。これは、 資本主義社会が発展した原因のひとつであった。いま、資本主義の下でも社会が階層化し 固定化しつつある。また、教育の役割が大きくなり、よい教育を受けられる子どもは有利な 立場におかれる。

社会主義は、階級、階層をなくし、教育費を親でなく社会が負担することによって、 才能を有効に利用しうるはずであった。ソ連では、要員(カードル)がすべてを決する、と 言われた。しかし、党員が特権を持ち、それを子どもに引き継ごうとする傾向が生まれ、 社会主義の理念とギャップが大きくなる。

つまり、組織が発展するための人事の重要性が認識されており、採用ばかりでなく 配置、または昇任、昇級のシステム、任期などの規定の整備もおこなわれていたが、これらを 具体化するところに欠陥があった。それはきわめて困難な課題である。

大学でも、受験生を集めること以上に、優れた教員を集めることが重要である。 教員とともに図書館司書や事務職員も大切である。教育人事は公募がかなり広まっているが、 事務職員の人事についても、検討の要があろう。