エッセイ 28 北条一門とスターリン

木村 英亮

源頼朝の死後、鎌倉幕府の執権として政治をおこなった北条家の特色について、杉本苑子は次のように記している。

「彼らのほとんどが一門の、とくに得宗とよばれている宗家嫡流の権力保持には、どすぐろい術策のかぎりをつくし、後世のひとびとに陰険な氏族としてけぎらいされているにもかかわらず、ひとりひとりの生き方は、権位にありながらめずらしいほど清潔だったという点である」(『決断のとき』、文春文庫、165ページ)。

この文章を読んだ時、ほぼ30年の間ソ連を支配し、激しく批判されたスターリンには、北条一門と共通性があると思った。

独ソ戦期、スターリンは、雑誌から切り取った複製画で別荘を飾っていたが、ソヴェト軍の将軍達は、戦利品の巨匠の絵画などを着服していた。ロシアの歴史家ロイ・メドヴェージェフは、これをスターリンと将軍たちの対立の原因としている。たとえばノモンハン事件で日本軍を敗北させ、独ソ戦においてソヴェト軍を勝利に導いたジューコフ元帥は、絨毯、毛皮、金時計などの他55点におよぶ「ポツダムその他の宮殿とドイツの屋敷から運び出された」貴重な絵画を自分の別荘においており、そのことは国家保安省によってスターリンに報告されていた(『知られざるスターリン』、現代思潮新社、03、103ページ.)。

アメリカに亡命して回想録を書いたスターリンの娘スヴェトラーナは、「わが家(スターリン家)は悲しげで、人気がなく、ひっそりして、居心地もよくなかったが、それでもわが家にはプチブル根性だけは欠けていた。ところが、わたしが新たに移り住んだ家(ジダーノフ家)では、見せかけの、形だけの、偽善的な『党精神』と、それこそ手のつけようもない『女房的』なプチブル根性とが同居していた。『お宝』のいっぱいにつまった木櫃・・・花瓶や、ナプキンや、壁にかけられた安物の静物画にいたるまで、万事に歴然と現れている趣味の悪さ。ジダーノフ未亡人のジナイーダ・アレクサンドロヴナが家内に君臨していたが、彼女は、党人的な偽善者ぶりと、俗物的な無教養との、まさしく化身のような存在であった」(『スベトラーナ回想録』、新潮社、273ページ.)。