エッセイ 29 ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

木村 英亮

ライブドア問題をとりあげたテレビ番組で、いまの日本政治ややくざ社会とのむすびつきが話題となっていた。また、若者がやくざ社会にはいっていくのは、家庭の崩壊のなかで、密接な人間関係を求めているからであるという発言がなされていた。すなわちライブドアは、一見、現代社会のなかの封建的な構造 を破壊する新しい明朗な企業であるような印象を与えたが、若者をひきつける古い共同体的な関係と資本主義という利益社会両方の闇の部分にしっかりと基礎を置いているというのである。

大学はもともと学生の共同体として始まったのであり、いまの日本の学生もゲマインシャフト的なものを求めて入学するのであろうが、実態は利益追求の企業であり、また社会の中の役割も、すぐに役に立つ研究と、会社員・労働者の養成が期待されている。しかし、ここには、研究、教育の本質的部分との矛盾がある。

大学教員、学生とも、欲得を離れて真理をまなび追究したいという欲求をもっているのであるが、具体的な問題では、経営体としての大学の要求と矛盾することがしばしば起こる。大学院などではゲマインシャフト的なところがわずらわしく思われ、1960年代後半の大学紛争は、一面ではゲゼル シャフトとして貫徹せよという要求でもあった。しかし、ゲゼルシャフトとして貫徹できないところがある。

社会主義は、平等な人びとの共同体、ゲマインシャフトを理想として掲げたはずであるが、現実のソ連では、当面社会主義すなわち「労働に応じた分配」のゲゼルシャフト形成をめざした。その崩壊は、ゲゼルシャフトとしての完成に失敗したものと考えられる。