エッセイ 34 プライドについて

木村 英亮

日露戦争では、極東の小国日本が大国ロシアに勝ったことは、植民地支配の下にあったアジア諸民族に大きな励ましを与えた。長く植民地支配を受ける と、それをやむをえないものとして受け入れる意識を生み出す。自分たちは遅れており、当面は「進んだ」欧米の支配の下で、「先輩」からいろいろ学ばねばな らないと考えてしまうのである。それは植民地支配が続くための必要条件である。

民族解放運動の指導者たちは、まず自民族をこのような意識から解放しなければならなかった。少数のイギリス人が、膨大な人口をもつイン ドを支配できたのは、インド人の奴隷根性が条件であり、ガンジーらの第一の課題は、インド人に民族としてのプライドを眼ざませることが第一の課題であっ た。

第二次世界大戦後1960年ころまでに、世界の大部分の植民地は独立した。そのころ、アフリカとアメリカの黒人を比較して、アフリカの黒人はプライドをもっていて別の人種のようにみえると聞いたことがある。

日本の大学で偏差値と言う用語がしきりに使われている。10年前にはおもに受験生がそれを強く意識し、偏差値によって仕分けされた。同じ 力をもった学生でも、偏差値の高い大学の学生は、就職の際に優遇されるばかりでなく、学生自身もプライドをもっていた。いまでも、新聞の人生相談に、一浪 までして頑張ったのに三流大学しか受からずまったく不本意だという投書が掲載されている(池内ひろ美の人生相談『東京新聞』2006.3.7.)。しかし 昔に比べれば、会社も個々人の力をみるようになり、大学による差別は減ってきたように思われる。むしろ大学が受験生によって仕分けされている。

しかし、偏差値だけでプライドをもったり、差別したりするのは、GDPの高さだけで、国をランク付けするようなもので一面的である。

まず自分自身が自分のものさしで評価し、得意な分野について自信をもつことが第一である。大学もそれぞれ独自性を追求し、それにプライド をもてば受験生はおのずと集まるであろう。上の投書に対して池内は、「実は、『三流大学』にもその大学なりの良さがあります」と答えている。