エッセイ 41 郵便局で

木村 英亮

郵便局の窓口で、杖をついたおばあさんが、局員と話をしていてなかなか終わらない。10分、20分、窓口はいくつかあるが、待っている人も多い。いまは、機械で預け入れや振込みなどができるので、簡単なことはそちらでやれば早いが、窓口でないとできないことも沢山ある。

ようやくおばあさんの話が済んだようである。おばあさん、用が足りましたか、と話しかけたいような気もする。いま、お年寄りは話し相手が いない。老人といっても女性の方が多いのであるが、つきあいは広くないであろう。郵便局の人なら信用できるし、いろいろ相談したいこともあるでしよう。

郵便局も能率が悪いなどと非難され民営化されることになった。むだを少なくしないと競争に負けてしまう。一方ではサービス向上と言って いるが、能率とサービスが矛盾することも多い。そういえば、銀行ではお年寄りはあまり見かけない。 学校でも、生徒は郵便局のおばあさんのように、ひとりひとりていねいに丁寧に教えてもらわなければ分からない。しかし、教師は雑務に追われて忙しく、「で きない」子は相手にしてもらえず、切り捨てられてしまう。そもそもできない子などいないのであって、「できない」子ができてしまうのは、学校と社会の責任 であると思う。

大学では、1年の学生に対する1クラス10人程度の基礎ゼミが広くおこなわれるようになり、個々の学生の希望に対応しようとしている。教員の負担は増え、ゼミ室も沢山必要であるが、これが教育の原点であろう。

教育はもともと能率などという概念にはなじまない。