エッセイ 42 ピント外れの議論

木村 英亮

最近、公務員住宅が問題にされている。都心の便利なところに、安い家賃で住んでいるのはけしからん、民間に払い下げよというのである。国家財政の赤字解消にたいして役立つわけではないが、心構えとしておかしいということらしい。これが問題にされる原因は、ひとつは何でも民営化すればよい、という風 潮と、ひとつはリストラのなかでの公務員への風当たりである。

しかし、この問題は、国政にとってプラスになるかどうかという観点で判断しなくてはならない。もし「高級」公務員の住宅が都心になくて もいいと言うのであれば、国会の横にある議員宿舎もいらないはずである。場合によっては、政府、国会、官庁に近いところに、ワンルーム・マンションのよう な施設をつくり、忙しいときは、単身でそこに住めるようにでもしないと、国政が滞るのではなかろうか。

公務員に限らず、働く労働者や職員の労働条件、生活条件は良くしなくてはならない。それは、仕事がきちんとおこなわれるための必要条件 である。切り詰められるだけ切り詰めて働けというのであれば、奴隷と同じで、何のために働くのかということになる。すなわち、生産性の上がった分の利益 は、だれがとるのであろうか。

大学についても基本的には同じである。教育や研究の仕事の場合はさらに、そもそも生産性といった考え方になじまないところがあるのに、それがよく理解されていないような気がする。教育はもともと贅沢なものなのではなかろか。

世間でおこなわれている議論には、ピント外れのところがあるように思われてならない。