二酔人四方山問答(27)

岩木 秀樹

B:ところでその昇天の旅とはどんなものだったの。色々な預言者に会ったんでしょ。

A:それも歴史的事実かどうかはさておき、この昇天の旅が象徴しているのは、様々な預言者の系譜をたどっているということだ。

B:え、どういうこと。

A:歴代の預言者がアラーから命じられたのと同じ使命をムハンマドが担っていることを確認し、イスラームは怪しい新奇な教えではなく、アダム・ノア・アブラハム・モーセ・イエスなどから連綿と続く一神教の系譜に位置するということを主張するものなんだ。

B:そうか。イスラームは一神教の系譜の最後に登場した、最も純粋な一神教とされるんだよね。

A:だからイスラームは決して、ユダヤ教やキリスト教と全く異なった宗教ではないんだ。

B:でも今は「文明の衝突」とか言われて、ユダヤ教・キリスト教とイスラームが対立し、相容れないもののように報道されているね。

A:これらの宗教はセム的一神教と呼ばれ、祈っている対象である全知全能で世界を作った神は皆同じだ。おもしろいのはアラビア語をしゃべるキリスト教徒は自分たちの神のことをアラーと言っている。

B:へー、キリスト教徒が自分たちの神のことをアラーとね。

A:当然といえば当然だ。アラビア語で神のことをアラーと言うんだから。

B:まあ、言われてみればそうか。ところで預言者って予言者とは違うんだよね。

A:未来のことを予言する予言者とは異なり、神の言葉を預かる人ということで預言者と呼ばれている。その預言者の中でもムハンマドは預言者の封印、最大にして最後の預言者とされている。

B:あ、そうそう。最近そのムハンマドを風刺した漫画が問題になっているよね。

A:2005年9月にデンマークの新聞が、ムハンマドが爆弾の形をしたターバンを巻くなどした風刺漫画を掲載したことが発端だ。その後欧州各国の新聞などが「表現の自由」を掲げて、転載したことにイスラーム教徒は反発を強めている。

B:なぜそれほど反発するんだろう。欧州では英国王室やバチカンなども風刺漫画のターゲットになり、あまりタブーはないようだ。

A:色々要因はあるだろう。イスラームでは偶像崇拝が徹底的に禁止されており、アラーはおろか、預言者のムハンマドでさえ、何らかの形で物 象化することは禁じられている。また爆弾の形をしたターバンという表現は、現在蔓延しているイスラーム=テロとの印象を助長しかねない。そのオリエンタリ ズム的偏見にも怒ったのだろう。

B:そうか、様々な原因はあるんだ。

A:さらにさかのぼれば、近代西洋がイスラームに対して採ってきた政策により、イスラーム世界はずたずたになった。特に冷戦崩壊以後、イスラーム教徒は各国で虐殺され続けているとの思いがあるのも事実だ。

B:そのような背景があるから、一部に過剰なまでの暴力行為に走る人もいるんだ。イランではホロコーストを風刺する漫画を募集し始めたそうだね。

A:そうだ。2月7日の「ハムシャフリ」には、「言論の自由をたてにイスラーム教徒を侮辱した欧州が、ホロコースト問題で同様の自由を認め合うのかを問う」としている。

B:なんか嫌な雰囲気だね。文明の亀裂が深まりそうだ。言論の自由とは何か、もう一度考えなくてはならない。

A:僕は基本的に言論の自由は大事だと思う。タブー無く論議する必要がある。議論には暴力でなく議論で応酬する必要があると思う。

B:僕もそうあって欲しいと思うよ。

A:ただし議論にもルールがある。根拠がきちんと示せるか、偏見やステレオタイプはないか、相手の主義や信条にも一定の理解があるか、どのような歴史を有するものがどのような立場でその言説を述べているのか。

B:それになぜあれほどまでの反発があるのかも考えないといけないと思うよ。

A:欧米とイスラームは、近代の歴史の上でも、最近の経済力や軍事力でも等価なものではない。少なくとも多くのイスラーム教徒は自分たちは被害者でやられる側だとの認識がある。

B:なるほどね。ところで日本でもタブー無く議論ができるだろうか。

A:例えば、「東宮対秋篠宮 世継ぎをめぐる争い」の風刺画を新聞に出したらどうなるか。

B:んー、大きな問題になり、暴力沙汰になりかねないかも。あまり人のことばかり言ってられないね。

(つづく)