二酔人四方山問答(29)
岩木 秀樹 (2006年2月23日 23時41分)
A:メディナにヒジュラしたイスラーム教徒たちは、しばらくは様々な家に居候していたが、そうもいかなくなり自らの力で衣食住や財産を確保しなければならなくなった。
B:どうやってそれらを得たの。
A:メッカの隊商を攻撃して、金品を得たんだ。
B:えっ、そんな悪いことをしたの。
A:現在の価値観では犯罪だけど、当時は違っていた。人を必要以上に殺さないとか、ある一定のルールの上で行われていた。お互いに財産の移動くらいに理解していたのかもしれない。しかもメッカの隊商を攻撃することは一石二鳥だった。
B:どういうこと。
A:一つは当然、生活の糧を確保するということ、もう一つはメッカとの対立を鮮明にするという戦略的意義もあったんだ。
B:そうか。このあたりからメッカ勢との対決姿勢をはっきりさせ始めたんだ。
A:それにこのメディナ時代にイスラームにおける様々な制度化もなされたんだ。おもしろいのはキブラの方向、つまり祈りの方向がエルサレムからメッカに変わったということだ。
B:えっ、祈りの方向は前からずっとメッカじゃなかったの。
A:それが違うんだ。ユダヤ教徒の慣習を取り入れてエルサレムに向いて祈っていた。それが西暦624年にメッカの方角に変わった。今までのエルサレムへの礼拝がユダヤ教徒との融和策としても機能していたとすれば、この時点でその役割が終わったということだろう。
B:ムハンマドを預言者とは認めないユダヤ教徒に見切りをつけたのかもしれないね。
A:そういう側面もある。それ以前は、ムハンマドは自分の説いている宗教がユダヤ教やキリスト教と同一のものと考えていたらしい。しかしここへきて、これらの宗教とは違う純粋な第三の一神教としてのイスラームを強調し始めることとなった。
B:新たな宗教の誕生だね。
A:さらに、この聖地変更によりイスラームはアラブの民族的伝統の上に基礎づけられることにもなった。
B:どういうこと。
A:イスラームは、モーゼのユダヤ教よりもイエスのキリスト教よりも遙かに古いアブラハムの純正な一神教の復活であり、一神教イスラームとアラブの民族的伝統としてのメッカの聖地性が見事に結びつくことになった。
B:なるほどね。
A:メッカをアラー信仰の中心地にし、メディナをイスラーム共同体の政治の中心にしたんだ。これからメディナにおいてイスラーム共同体建設のための様々な制度化が始まっていくことになる。
(つづく)
