二酔人四方山問答(31)

岩木 秀樹

B:君からムハンマドの生涯や初期の歴史を聞いて、だいぶイスラームがわかったよ。ところで素朴な疑問なんだけれど、イスラームってどんな特徴を持っているの。

A:一言で言うのはなかなか難しいよ。それに私はイスラーム教徒ではないので、イスラームを信じている人とは違った観点から見ていると思う。

B:前にもこういう話があったよね。当該宗教の信者と研究者の視点の問題だね。

A:少なくとも自分がどのようなポジショナリティで論じているのかを、自覚する必要があると思う。そうそう研究対象に対する態度について、イスラーム研究者の加藤博さんはおもしろいことを言っていた。

B:どんなこと。

A:客観的な手続で研究をするのは当然なんだけれど、研究対象に対する愛着という点では、あら探しばかりをする「坊主憎ければ、袈裟まで憎い」という態度より、対象に対して親近感を持つ「あばたもえくぼ」という姿勢で臨むようにしていると言っていた。

B:なるほどね。何らかの愛着がなければ、なかなか研究意欲も湧かないよね。

A:もちろん、冷静で時には冷徹な眼が必要とされるのは当然だけれど。その加藤さんがイスラームの特徴を述べていた。まず第一は、7世紀に生まれた新しい活力に満ちた宗教だと言うこと。

B:7世紀が新しいのかな。

A:ユダヤ教やキリスト教に比べれば、新しいだろう。またキリスト教がかなり形骸化しているのと比べて、イスラームは人々の生活と密着し、信徒数は増えている。さらに現在では良くも悪くも国際政治の焦点となっていて、イスラーム教徒同士の連帯感は強化されている。

B:そうだよね。近代化により宗教は後景に退くと考えられてきたけれど、イスラームは復興しているよね。

A:第二の特徴は、宗教と政治や生活は分離されてはならないと考えられていることだ。

B:その点は欧米の価値観とはかなり異なるので、批判されているよね。

A:第三は、第二とも関連するが、イスラームは世俗や現実に対して肯定的な宗教であるということ。多くの宗教がユートピアをあの世や伝説に求めるの対して、イスラームは歴史の一時期、つまりムハンマドが生きた初期イスラームを理想としている。

B:確かに今まで話を聞いていて、イスラームは現世や世俗に対して、時には商業や性に関してまでも非常に肯定的に捉えているよね。

A:第四は、イスラームは個人主義、契約主義、平等主義であるということ。一人一人が直接神に向かい契約するので、神との間を仲裁する教会や聖職者などの権威は理念上存在しない。それゆえ全ての信徒は神の前で平等であるということだ。

B:なるほどね。

A:第五は、教義はシンプルで、秘蹟やミラクルの少ない合理的な宗教とされていることだ。

B:三位一体ではなく、神はアラーのみであるし、後発宗教だから教義を精緻化できたのかな。

A:それもあるね。第六は第五とも関連するが、合理的な性格は汚れの観念をほとんど生み出さなかったことだ。

B:そういえば、イスラーム世界ではカーストがあるインドとは対照的で、職業には卑賤が少ないよね。

A:第七は、イスラームについて、原則においては厳格だが、適応においては柔軟であるということ。

B:前にも聞いたけれど、断食をしなくてもいい人がいたり、またできなかった場合には、断食月があけた後にやればよいなどとされている。

A:そもそも「盗みをしたら手首を切り落とす」などの厳格なイスラーム法によって統治している国は現在ではほとんどなく、現実には西欧の近代法をもとに行っている。

B:なるほど、イスラームの特徴が少しずつ解ってきたよ。

(つづく)