スキンヘッズにご注意を

宮川 真一

ヨーロッパでは1980年代半ば以降、ロシアでは1990年代に入ってから右翼の台頭が社会を騒然とさせている。「9・11」米国同時多発テロ事 件の衝撃を受けたロシアでは、2002年にも右翼の伸張が顕著であった。2003年6月に沖縄大学で開催された日本平和学会春季研究大会で、私はこの問題 について研究報告をさせていただいた。今にして思えば、亜熱帯の沖縄で極寒のロシアを語らなくても良かったかもしれない。

2002年4月4日、モスクワの在留邦人に日本大使館から「ヒトラーの誕生日が近づいています。スキンヘッズにご注意を」とのチラシが 配布された。2002年に入り、「ロシア・ネオナチ」を自称する10代の青年が外国人を襲撃する事件が頻発している。4月20日のヒトラー生誕の日を前 に、「ネオナチ」の活動は過激化した。モスクワではアフガニスタン人が殺害され、外国人が経営する商店が略奪された。モスクワ中心街の地下鉄で、内務省通 訳官のアフガン人がスキンヘッドに襲撃・殺害される事件が発生した。在ロシア・アフガン大使館はロシア政府に抗議している。ウクライナのキエフでは、スキ ンヘッドの50人がユダヤ教のシナゴーグを襲撃したことが明らかになった。CIS諸国の在ロシア外交当局は、「ネオナチがCIS国民を脅かしている」と外 務省に申し入れている。米国やアフリカ諸国からも自国民保護の要請が相次ぎ、ロシア政府も事態を放置できない状況に追い込まれた。グリズロフ内相は、治安 警察による取締りの強化を発表。プーチン大統領は年次教書演説で、「過激主義の台頭はロシア社会にとって深刻な脅威だ」と警鐘を鳴らしている。

社会学の概念では、「急進主義」は規範もしくは手段次元の表出として把握され、「過激主義」は価値もしくは目的次元の表出として把握さ れる。具体的には、「急進主義」は憲法の認める政治紛争の社会的な手段を拒否し、とくに暴力との親近性を展開させている。これに対し、「過激主義」は民主 主義的諸価値を肯定する程度に関わるものである。こうした過激主義の運動を発生させる社会構造的特質は、次のようなものである。

  1. 前近代的集団が政治単位になっているなど社会の構造が未分化な場合、あるいは宗教、人種、民族といった社会的断絶が集団間の差別を補強している場合。
  2. 支配構造が硬直したり機能不全に陥る場合。ツァーリズムなどのような支配の一元化、未熟な革命レジームの試行錯誤、または国家と個人を媒介する中間集団が有効に機能しない大衆社会状況など。
  3. 多様な社会的断絶が集中し重なって固い障壁を創出し、社会的移動が抑制されている場合。都市貧困層、下層移民、植民地被支配者、少数民族などは過激主義の母体となる。
  4. 要求および抗議を有効に表出する制度上のルートがなかったり、あっても閉塞している場合。

ソ連邦の消滅という劇的な政治・社会変動を経験したロシアでは、急激な市場経済への移行、競争社会への突入は、高まる失業率、社会保障の 打ち切り、経済格差の拡大、生活水準の低下となって庶民の生活を直撃した。政治システムが弱体化し、社会的弱者や一般民衆の間に社会的没落と被排除の意識 が強まった。経済の自由化は国際経済システムへの参入を意味するため国民の運命が外国の手に委ねられる結果となり、無力感を生んだ。ロシア社会では「個人 化」状況、アノミー状態が西欧諸国よりも直接的な形で現れている。また、ソ連解体の結果としてイデオロギー上の目標を喪失したことから精神的に動揺してお り、国家イデオロギーを新たに定義する必要に迫られてもいる。ロシアを混乱の極みに陥れた近代化それ自体に対する反発が高まるとともに、無秩序な政治・経 済・社会・文化の中で「自分は何者なのか」を規定するアイデンティティの模索が始まった。その中で、誰からも奪い取られず、自らも脱ぎ捨てることができな い「自然」の集団カテゴリーが重要視されてくる。宗教が目覚しく復興し、ナショナリズム、人種主義が高揚するとともに「外国人嫌い」の風潮が蔓延するので ある。

こうした事態にロシア政府がいかに対処しているか、次の機会に取り上げたいと思う。
(拙稿「現代ロシアにおける右翼過激主義対策—「過激主義活動対策法」をめぐって—」創価大学社会学会編『ソシオロジカ』第29巻、第1・2号、2005年3月。)