ロシア連邦過激主義活動対策法

宮川 真一

ロシアで右翼過激主義が台頭していた2002年4月29日、プーチン大統領は「ロシア連邦過激主義活動対策法案」を下院に提出する。ロシアで「過 激主義」を初めて法的に定義するという画期的なこの法案は6月6日、下院総会の第一読会において、賛成271(60.2%)、反対141(31.3%)、 棄権1(0.2%)、無投票37(8.2%)で承認された。この法案には議会の内外から様々な批判が寄せられていた。しかし、6月9日に開催されたサッ カー・ワールドカップの日本・ロシア戦で、ロシアの敗北を機にモスクワの広場に集っていた過激な若者集団が暴徒化するという事件が発生する。右翼過激主義 のネオナチ党員が混じって煽動していたとされるこの暴動により、下院の建物も損害を被り、118人が逮捕、警官20人を含む100人以上が入院する事態と なった。この事件も立法過程に影響し、6月20日の下院総会では、賛成272(60.4%)、反対126(28%)、棄権2(0.4%)、無投票50 (11.15%)で第二読会を通過。6月27日には賛成274(60.9%)、反対145(32.2%)、棄権0、無投票31(6.9%)で第三読会を通 過し、この法案は下院で採択されるにいたった。概ね6割の与党議員が賛成、3割の野党が反対しており、共産党、農業党のほぼ全員と「ヤーブロコ」所属議員 の約半数は反対にまわっている。その後7月10日に法案は上院で承認され、7月25日にプーチン大統領が署名し、速やかに成立した。

この法律は第1に、「過激主義活動」を次のように規定する。「社会および宗教団体、またはその他の組織、またはマスメディア、または 自然人の活動で、次のことに向けられた計画、組織、準備および遂行を指す。憲法体制の原則を暴力的に変更すること、およびロシア連邦の一体性の侵害。ロシ ア連邦の安全保障の破壊。全権の強奪若しくは奪取。非合法的な武装部隊の創設。テロ活動の実行。人種的、民族的若しくは宗教的不和、並びに暴力若しくは暴 力への訴えに関連する社会的不和の煽動。民族的尊厳の侮辱。イデオロギー的、政治的、人種的、民族的若しくは宗教的憎悪または敵意、並びに何らかの社会集 団に対する憎悪または敵意を動機とした、大規模騒乱、無頼行動および野蛮行為の実行。宗教に対する態度、社会的、人種的、民族的、宗教的若しくは言語的帰 属の特徴に関する市民の優位性、優位または下等の宣伝」。このように過激主義を大変広く規定しているが、ここから新法がテロリズム・分離主義をも射程に入 れていることが読み取れる。第2に、ナチズムも法的に禁止され、ナチの付属物またはシンボルの宣伝および公的な誇示を過激主義と位置付ける。「ドイツ国民 社会労働党、イタリア・ファシスト政党指導者の著作」は「過激主義資料」と規定される。第3に、過激主義の予防について。「過激主義活動対策の基本方向」 は過激主義活動の予防措置を講じ、過激主義の原因と条件を明らかにして除去することである。また「過激主義活動の予防」として「過激主義活動の予防に向け られた養育、宣伝を含む予防措置を講じる」と規定しているが、これらの詳細については触れられていない。第4に、社会・宗教団体について。「ロシア連邦で は目的若しくは行動が過激主義活動の実行に向けられた社会および宗教団体、その他の組織の創設および活動は禁止される」と規定し、「大衆行動遂行の際にお ける過激主義活動実行の不許可」について定めている。第5に、マスメディアについて。マスメディアを通じての過激主義資料の散布およびそれらによる過激主 義活動の実行は禁止され、マスメディアが過激主義活動を実行した場合にはそのマスメディアの活動は停止されることがある。

この立法には様々な批判が寄せられた。「権利擁護ネットワーク」のセルゲイ・スミルノフによれば、新法は民主的でも人権を擁護するもの でもない。過激主義活動の極めて広い定義、規定された措置が法廷外の性格をもつことなどから、新法は市民に向けられた危険な道具となっている。人権研究所 の専門家であるレフ・レビンソンは新法が「リベラルな社会団体法に含まれている、社会団体擁護の機能を破壊している」と述べ、この法律が社会・宗教組織の 活動を統制下に置くことを目指していると指摘する。人権研究所所長のバレンチン・ゲフテルによれば、この法律は諜報機関が気に入らない組織に制裁を加える ことを可能にしており、「グリーンピース」のエコロジー行動、反グローバリストのデモンストレーション、反戦行進などが「過激主義活動」とされかねない。 下院社会団体・宗教組織問題委員会副議長のアレクサンドル・チュエフによれば、この法律は個々の市民のみならず、「良心の自由および宗教団体法」に従って 登録済みの宗教組織の権利をも制限しており、ロシア連邦憲法に違反するものである。

それでは、右翼過激主義の台頭にはいかなる対策が適切であるか、次の機会に検討したいと思う。
(拙稿「現代ロシアにおける右翼過激主義対策—『過激主義活動対策法』をめぐって—」創価大学社会学会編『ソシオロジカ』第29巻、第1・2号、2005年3月。)