ロシア・ネオナチと平和運動

宮川 真一

2002年4月にはロシアで右翼過激主義者による犯罪が急増した。在ロシア日本大使館は「スキンヘッズにご注意を」とのチラシを配り、議会では「ロシア連邦過激主義活動対策法」が成立した。私も、夢の中でロシア・ネオナチの襲撃事件に遭遇したことを覚えている。

現在の右翼過激主義に典型的なイデオロギーを構成する要素は、次の4点に整理できる。1、ナショナリズム。「極端な」あるいは「民族的に 基礎づけられた」ナショナリズムであり、固有の国家が他の国家より優れているという見方としてのナショナリズムである。2、権威主義。社会次元では服従の ための服従、政治次元では国家を社会の上位に位置付けることであり、「指導者」への期待がある。3、反多元主義。これは民族と国家を統一体として融合する 自然秩序とみなす「民族共同体」イデオロギーの中に位置付けられる。4、不平等のイデオロギー。これは固有の集団に属さない人間の排除と軽視に結びついて いる。人種主義、外国人敵視、強者の権利の主張などがその内容である。

また、現在の右翼過激主義の危険性を総合的に把握するためには、次の4つの次元を考慮する必要がある。1、右翼政党の政治的、組織的発 展とその政治社会へのインパクト、とくに選挙過程における右翼政党の成果。2、右翼過激主義者の非政党的な組織的ネットワーク化、とくに出版物の社会的影 響。3、青年文化やサブカルチャーなどの前政治的領域の動向、例えば「スキンヘッズ」による右翼過激主義的暴力行動。4、一般市民の間での右翼過激主義へ の支持の潜在力、である。1999年の時点で、ロシアにおける右翼過激主義勢力は選挙という政治次元では縮小傾向にあった。しかし、社会次元ではその影響 力を維持しており、一般市民の意識次元では右翼過激主義を支持する十分な潜在力が存在したのであった。

2004年7月に成立した「過激主義活動対策法」は、新生ロシアで初めて過激主義を法的に定義し、ナチズムを禁止する。国家体制変革、 人種・民族・宗教紛争を起こす団体を非合法化し、それを助長する報道も規制することになった。しかし、過激主義の原因・条件・予防についてはおざなりな規 定にとどまっている。新法は過激主義活動に対する対症療法に過ぎないといわざるをえない。2002年10月下旬、モスクワ劇場占拠事件がこの立法を嘲笑う かのように発生した。このコラムでもいずれ「第二次チェチェン戦争」に触れたいと思っている。2002年12月の調査では、モスクワに住む外国人の安全を 脅かすものは第1にスキンヘッズ、第2に警察官、第3に運転手である。2002年中にスキンヘッズの勢力は強まってきており、新法が短期的に効力を発揮し ているとは言いがたい。

さらに、この法律には、社会・宗教団体の活動が抑圧されるという批判が殺到した。2002年12月、『ガゼータ』紙は政府内部で検討さ れている宗教的過激主義に関する法案レポートを公表した。そこでは、国民の安全保障に対する5つの宗教的脅威として、第1に正教徒を改宗させようとする ローマ・カトリック教会、第2に人道的援助を装うプロテスタント組織、第3にエホバの証人・サイエントロジーといった外国擬似宗教共同体、第4にイスラム 過激主義、そして第5に「文明の衝突」およびキリスト教・イスラム教間の避けられない紛争という考えを促進する試みが列挙されている。こうした政府の動き は、新法に対する批判が的外れでないことを示している。

このようにロシア政府の対策が功を奏していないどころか事態が悪化する兆しさえ表面 化している以上、今後の取り組みとしてまず新法の改正も含めた政策の再検討が必要とされよう。とともに長期的・抜本的対策として、ロシア右翼過激主義の土 壌となっている、政治・経済・社会・文化の混乱が終息し、民主的な政治、公正な経済、開かれた社会、「平和の文化」が構築されなければならない。そして、 右翼過激主義がナショナリズム、権威主義、反多元主義、不平等のイデオロギーに立脚する以上、それらに対抗するヒューマニズム、民主主義、多元主義、平等 の理念を掲げた平和運動こそ、今のロシア社会には求められているであろう。
(拙稿「現代ロシアにおける右翼過激主義対策—『過激主義活動対策法』をめぐって—」創価大学社会学会編『ソシオロジカ』第29巻、第1・2号、2005年3月。)