再論:東アジア共同体の形成に向けて

ねこくま

アメリカ政府は東アジア共同体形成を自国の繁栄への脅威と見なしているようだ。分割して統治せよ。しかしその施策は金のタナゴを産む鶏を自ら絞め殺す愚行でしかないのかもしれない。

アメリカの意志を受けて中国台頭を阻止しようとする日本の小泉政権は靖国参拝を強行することで、東アジア各国が協調しつつ発展する道を閉ざし続けている。同地域の経済一体化はすでに後戻り出来ない水準に近づき、人々に大きな生活の変化を強いている。日本でも中国でも、おそらく東南アジア各国に拡がる格差が生み出す社会的緊張もその一つに過ぎない。

経済は一体化しても政治的には不一致である状況がまともであるはずはない。各国の政治的協力によって得られるべき利益が何ら得られることなく、痛みばかりが各国の社会を襲う。例えば同地域の政治的協調関係が順調に形成されていれば、軍事費の大幅な削減と、ういた予算を統合によって苦しむ市民の社会保障にも産業構造の転換にも転用可能なのである。

約束された利益は何ら与えられず、変化に伴う痛みだけが押しつけられる。その社会的不満の解消に扇情的なナショナリズムがあおり立てられる。これが現在の東アジア地域における最大の不安定材料である。

アメリカは自国の経済的繁栄の基礎がアジアの生産力とその勤勉な労働力によっていることを自覚すべきである。彼らがアジアの状況をさらに煽り立て放置するなら、アジアの生産力が破壊される可能性さえ予想される。

日本と同盟したアメリカによる侵略の可能性は、植民地のくびきから逃れて半世紀も経たないアジア各国にとって現実の悪夢であることをアメリカはきちんと認識するべきである。

東アジア共同体と言ってもグローバル経済の一部である。アメリカが支配するグローバルな安全保障秩序のインフラの上に成り立つ極めて複雑な経済の複合体なのだ。おそらく現在のアメリカのグローバルな安全保障秩序を全面的に拒絶する国は存在しないだろう。少しばかりの不満、異論をアメリカが中心となって利害調整するシステムを再構築しさえすればよいのだ。

東アジア共同体は地域経済政治中心の存在として、アメリカが支配するグローバルな安全保障枠組みの議論とは分離して勧めるべきだ。この場合6者協議は重要な秩序形成の枠組みとなる。

自国の経済的繁栄を支える東アジア地域の安定と発展の維持のために、アメリカは東アジア共同体に関する対外戦略を真剣に考え直すべきだ。